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614 魔女の店

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 なんの前触れもなく、ある日、突然にして商店街に新たなお店が出来た。
 細長い建物の壁は真っ黒。
 ドアは小さな赤いのが一つきり。ドアの中央には悪魔的なヤギのノッカー。
 窓はなくて外からは店内がちっとも見えない。
 そして看板代りにかまぼこ板ぐらいの表札にて「魔女の店」と掲げている。
 チラシを配ることもなく、呼び込みをすることもない。
 オープンセールもなかったので毎日、商店街へと出かけている人たちの間でも、気づかなかった方が多いぐらい。
 だからミヨちゃんが気がついたのは、ほんの偶然。
 商店街を歩いていたら、うっかり小銭をポロリと落とした。
 転がる十円玉を追いかけていくと、じきにポテっと倒れたのが例のお店の前。
 とっても胡散臭い造りを見上げてミヨちゃん。「なんじゃこりゃあ!」
 以来、前を通りがかるたびに気になってしようがない。
 だがドアを開ける勇気はない。

「いま流行りの隠れ家的なヤツかな? それとも会員制にて一見さまお断りとかいうやつ?」

 今日も今日とて店先にて、そんな予想をするミヨちゃん。
 となりにいるヒニクちゃんも首を傾げるばかり。

「わたしも、いろいろ伝手を頼って調べてみたの。でも誰も知らないって」

 ミヨちゃんは、自身のお年寄りネットワークだけでなく、お母さんの主婦ネットワーク、兄たちの若者たちのネットワークにも働きかけて、魔女の店について情報を求めた。
 だが、情報がどこにも落ちてない。
 いまどきインターネットにホームページも開設していなければ、SNSだのツイッターだのもやってない。
 ならば現地捜査だとばかりに商店街内の馴染みの店主たちを片っ端に当たるも、わかったことといったら「わからないこと」だけという結果に。
 商店街に店を構えている以上は、組合に加入する義務がある。
 となれば、組長ならばさすがに知っているだろうと訪ねてみるも、ここのところ何かと忙しいらしくって、ちっとも捕まらない。
 大人と子供とでは生きている時間軸が異なるので、いったんズレが生じるとなかなかかち合わないもの。
 かくして捜査は八方塞がりにて暗礁に乗り上げた。
 やれることをやったミヨちゃん。「まいったね。お手上げだよ。一度、張り込みもやってみたんだけど……」

 付近の物陰にて粘りに粘って来店する客をついに目撃。
 シュタタタと小走りにて開いた扉の中を覗こうとするも、まさかの二重扉!
 だから見えたのはもう一枚の赤い扉。
 ミヨちゃんが地団駄踏んで悔しがったのは言うまでもない。

「ミステリアス過ぎる……。いったい何屋なんだろうねえ」

 魔女の店を前に、切なげなタメ息をもらすミヨちゃん。
 それはもう恋する乙女の横顔のよう。
 これを間近に見て、ヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。

「情報過多につき、宣伝しないのが宣伝になる時代」

 便利になったら、不便を求めて自然や田舎を目指す。
 加熱するキャンプブームとか、移住ブームとか。
 取材お断りの店とかに限って、店内には有名人のサイン色紙がびっちり。
 あれってちょっと裏切られたような気がしてガッカリ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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