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605 教育のジレンマ
しおりを挟む近頃、校内を賑わしているのは上級生の男の子たち。
学校全体を使った鬼ごっこに夢中にて、健脚にてところ狭しと駆けまわる。
爆走族のせいで下級生たちは戦々恐々。
なにせ体格がちがうもの。
一二年生からしたら、お兄さんたちは背はぐんと高く、体重もずっと重い。
うっかりはねられたらポーンと飛ばされちゃう。
どうしてこんな遊びが流行りだしたのかというと、テレビにて建物内にて行われる大人の鬼ごっこの番組をやっていたから。
逃げる方は芸能人たちにて、追いかけるほうは運動神経抜群な鬼ばかり。なかでもド派手なアクションにて立ち回る鬼さんが子どもたちの心をワシ掴みにした。
なんでも映画のスタントマンとか、街中の障害物を利用して疾走するパルクールとかいう競技のプロとかが混じっており、それはもう華麗に追いかける。
階段を一気に飛び降りたり、壁をひょいと超えたり、足場もない壁をよじ登ったり、ありえないところをありえない軌道にて縦横無尽にシュタタと駆けまわる。
その姿は忍者のごとき。
己の肉体を駆使した一切のやらせなしの活躍に、子どもたちの目は釘付けにて、もう夢中。
とはいえ校内で走り回っては危ない。
今のところ大事故には至ってはいないが、いずれ時間の問題であろう。
なにせ子どもは、行き着くところまで突き進まないと気がすまないから。
また「廊下は走らない」とは古来よりの学校の伝統ルールの筆頭。
そいつを公然と破られては教師たちとて黙ってはいられない。
だから見かけるたびに注意をするし、ホームルームや朝礼の時にもヤメなさいと何度も言った。
おかげでイタズラ者の数は減るものの、残った面々は生え抜きにて、能力に自信があり、なおかつ胆力も座っているから、大人の言うことなんてちっとも聞きやしない。
だからヨーコ先生とかが発見したら「こらー!」と追いかけるも、さっと分散して逃げちゃう。
挙句には「スピード違反を捕まえるためにパトカーがもっとスピードを出すのはいいのかよ?」的なヘリクツをこねて、煙にまく。
ならばと本校最強である教頭のシフジアカネ女史が見回りに出ると、ピタっと活動を停止。
上級生たちは知恵が回る。
勝てない戰はせずに、無謀を勇気ともはき違えない。
徹底して避けては己たちの身の安全を守る。
そして何かと忙しい教頭先生が現場を離れたとたんに「ヒャホー!」と駆けだす。
するとそんな兄貴たちに憧れちゃう下級生なんかもいて、これまた困った連鎖が発生するので、先生たちはたいそう手を焼いていた。
今日も今日とて元気に疾走する上級生の男子たち。それを追いかけるヨーコ先生。
すでに男の子たちのゲームのゲストキャラ扱いされている赤ジャージの女教師。
懸命になるほどに逆効果となることにはきっと気が付いている。それでもヤメるわけにはいかない。なぜならヨーコ先生は教師なのだから。
そんな自分たちの担任の姿を尻目に、ミヨちゃんがぽつり。
「いっそのこと廊下にガビョウでも巻いておけばいいのに。もしくは油をまくとか」
するとチエミちゃんが言った。「油はダメだよ。ねとねとになるから。でも洗剤にしたら掃除もできて一石二鳥だよ」
そんな彼女たちの会話を耳にしておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「理屈を学ぶほどに屁理屈をこねるアニマル。それが子ども」
知識を吸収するほどにずんずんお利口さんになる子どもたち。
でもそのせいで生徒たちがどんどん手ごわくなっていく。
教師ががんばるほどに陥るジレンマ。喜ぶべきか、悲しむべきか。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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