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586 ばたあし
しおりを挟む学校のクラスごとの発表会とかにて、ピアノの伴奏が必要になったとき。
任されるのはたいてい同じ子。
ピアノを習っている子はそれなりにいるけれども、実用に耐える腕の持ち主となると限られる。だから自然とお鉢が回ってくる。
それは特別な技能を習得した選ばれし者のみに許された役目。
成果の良し悪しを左右する重責。
堂々とこなす子は、とてもステキにて輝いてみえる。
「もう、めんどうだし、録音でいいんじゃね?」
なんていう無粋なことをほざく男子もいるのだが、やはり生音の迫力にはかなわない。
だからピアノが上手な子には、ことあるごとに出番が回ってくる。
放課後の音楽室にて。
白と黒の盤上を滑らかに動く指先。
十本の指が絡まることなく、華麗に踊るその姿にミヨちゃん、うっとり。
小学二年生でタメ息ものの動き。これで大きくなったら、いったどうなってしまうのか!
末は音大生にて、ついには海外留学とか、国際コンクールで優勝しちゃったり。そして世界中を飛び回る音楽家として輝かしい栄光の日々が……。
ぽわぽわとそんな妄想をしていたら、奏者のクラスメイトの子がクスクス笑って「むりむり。そんな人たちって、とんでもなくスゴイんだから」
「そうなの? こんなに上手いのに、ソレでもダメなの?」
「うん。そういう人たちって、ピアノ中心の生活を送ってるから。ゴリゴリの体育会系だよ。めちゃくちゃおっかないんだもの」
音を楽しむと書いて音楽と読む。
だが実態は、楽しむどころではない。
鍛錬、鍛錬、また鍛錬。身も心もボロボロになりつつ、それでも鍛錬。休日なんて言葉はとっくに捨てた。
風邪を引こうが、怪我をしようが、ピアノの前に座る。
スポ根マンガばりに特訓を繰り返し、延々と弾く。
指導者もまた、マンガばりにおっかない人がほとんど。
パワハラ、なんだそれ? の熱血指導。容赦なく罵声に怒号が飛び交う現場。
それでも弾く。泣きながら指を動かし続ける。
こんな話を聞いて、ミヨちゃんの顔が真っ青に。「おっかねー!」
「大会の上位陣なんて、修羅の集まりなんだから。演者たちが出番を待つ舞台裏なんて、居心地最悪でお腹が痛くなっちゃう。だからムリ。わたしはピアノを好きでいたいから」
奏者の子がしみじみそう言った。
湖に浮かぶ白鳥が、水面下でバタバタ水かきを頑張っているように、素敵なピアノの旋律の裏には、血みどろの努力があり、数多の犠牲の上に成り立っていることを知り、ミヨちゃんはつぶやく。
「あぶなかった。あやうく少女マンガの影響で、体験教室に顔を出すところだった。あのアットホームな写真ののったチラシは、ワナだったんだ」
ミヨちゃんと奏者の子のやりとりを側でじっと見ていたヒニクちゃん。ここでおもむろに口を開く。
「同じ演奏家なのに、バンドマンがチャラく見えるのはふしぎ」
ギターにベースにドラム、どれをとっても練習が不可欠。
一朝一夕に身につくものではない。ましてや人前で披露するレベルに
なろうと思ったら、相応の努力と鍛錬が必須。頑張ってるのはいっしょ。
なのにこのイメージの差はいったい……。やはり見た目か?
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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