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552 ラッパ

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 季節の流れとともに、すっかり肌寒くなりつつある今日この頃。
 陽が傾くのもずいぶんと早くなり、独特の橙色をした日差しがぼんやりと世界を彩る。
 いつものようにヒニクちゃんと仲良く下校をしていたミヨちゃん。
 どこからともなく「パー、プー」というラッパの音が聞こえてきた。
 なんとも弱々しく、消え入りそうなか細い音色。

「お豆腐屋さんかなぁ。最近、この近所を回っているってお母さんが言ってた」

 耳を傾けながらミヨちゃん。
 昔ながらに自転車をこいで、ラッパ片手に売り歩く。
 というのではなくて、車にての巡回。ラッパの音はスピーカーから流れるもの。そして音が控えめなのは、騒音うんぬんを気にした配慮。
 やや過剰な対応のような気もするが、最近では、赤ちゃんが泣いただけでも「うるさい!」と怒鳴り、子犬がキャンキャン吠えただけでも「やかましい!」
 車やバイクのエンジン音に目くじらを立て、果てには洗濯機の回る音やらトイレの水を流す音にまで難癖をつけるような、面倒な人が増えているんだとか。

「むしろソッチがうるさいよね」

 ミヨちゃんからすれば、そう思えるのだが、とにもかくにもやたらとわめく人に限って、こまめに会社にまで電話をかけたり、ネットに投稿したり、わざわざ手書きでの抗議文を送りつけたりする。
 いちいちそんなのを相手にするのもバカらしいので、先手を打っているというわけ。これもまたある種の企業努力?
 そんなラッパの貧弱な鳴き声を聞きながら、ミヨちゃんがふとこんな話をはじめた。

「ラッパといえばハーメルンの笛吹きって童話があるでしょ?」

 大量に発生したネズミの被害でにっちもさっちもいかなくなった街。
 困っていたところにあらわれたのは旅の笛吹き。
「なんとかしましょう」という彼の言葉を信じて、報酬を約束し仕事を頼む。
 彼の奏でるラッパの音色を聞いたネズミたち。たちまちこれに従ってズンズン行進。そのまま川にて集団自殺。かくして街は救われた。
 だが、ここで報酬を払うのが急に惜しくなった街の人々。
 なんだかんだと難癖をつけては支払を渋る。
 これに激怒した旅の笛吹き。「パラリラパラリラ」と高らかにラッパを奏でれば、ふらふらと姿をあらわしたのは街の子どもたち。その数百三十にも及ぶ。
 報酬代わりといわんばかりに、これらを連れて何処かへと姿を消してしまった旅の笛吹き。忽然と消息を絶つ。
 我が子を奪われて街の住人たちは慟哭し、己が愚行を恥じに恥じた。
 というお話。

「このお話って、元ネタがあるんだって。実際に大量の子どもが消えた事件があったんだって。怖いよねえ」

 ぶるると肩をふるわすミヨちゃん。
 黄昏時に街に響くラッパの音が、とたんにホラー要素をはらむ。
 ヒニクちゃんも釣られてぶるる。そしておもむろに口を開いた。

「昔話とか童話って、けっこう残酷なのが多い」

 桃太郎、鬼を虐殺にて強盗大量殺人。乙女の憧れシンデレラ。
 原作ではガラスのクツを履くために、自身の足をちょん切った猛者もいたとか。
 サルかに合戦は復讐リンチ。浦島太郎は玉手箱の意味がわかんない。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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