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505 角力

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 スター選手が一人いるだけで、そのスポーツの人気が爆発する。
 サッカーでもバレーでも野球でもラグビーでも、メジャーなものからマイナーなものまで。
 この人気を一過性にて済ませるのか、継続させるのかが協会団体の腕の見せ所。
 しっかりしているところでは、単純に選手や競技普及に努めるだけでなく、出版業界との結び付きを密にして、裏から働きかけて、自身の競技を扱ったマンガなんかを定期的に世に放つように仕向けたりもしているんだとか。
 コレが、まぁ、バカにならない威力を時に発揮する。
 マンガというのは間口が広く、敷居がとても低い。男女年齢を問わずに多くに訴求できる。
 人気が出ればアニメ化や、いろんなジャンルとのコラボ展開なんてこともありうる。
 そうなれば莫大な富を産み、なおかつ競技人口を爆発的に増やすことにもつながる。
 いまではプロと呼ばれる選手たちの中にも、はじめたキッカケはマンガやアニメだったという人も少なくないのだ。
 イメージ戦略の一環と考えれば、なんらやり過ぎでもおかしくもない手法。
 むしろ安穏と立場に胡坐をかいて、口先だけにて「選手ファースト」とかのたまっては、貴重な財源を食いつぶしている協会役員とかなんて論外。
 と、少々話が横道にそれた。

 近頃の男の子たちの間で流行しているのはスモウ。
 キッカケは週刊誌のマンガ。小さな主人公が努力の果てにライバルたちをぶん投げまくる痛快なお話。人気にて異例のヒット! アニメ化も早々に決まり鋭意制作中。
 ここまでは特に珍しい話ではない。
 だがこんなマンガの主人公のような人物が実在するとなると、話がガラリと変わる。
 小兵が自分よりもはるかに大きな格上の相手をぶん投げる姿には、胸をすくものがある。
 しかし現実ではかなりムズカシイ。
 体格や体重の差の壁がとてつもなく高く、とってもぶ厚いからだ。
 一般人の数十キロではない。鍛え上げて練り上げて、強さを突き詰めた末の数十キロ。
 これがもたらす破壊力は想像を絶する。
 いかに柔道の達人とはいえ、クマならばなんとかできるかもしれないが、猛り狂った巨象相手にはどうしようもあるまい。
 だから現実では小さな力士はほとんどいないし、早々に淘汰されてしまう。
 よしんば居たとしても小手先の技に頼ったり、素早い動きで相手を翻弄する戦い方に終始。それもまたスモウの妙技にて、けっして非難されるような戦い方ではないのだが、やはり迫力には欠ける。
 どうにか勝とうと知恵を絞り、技を磨き、挑む。
 でもそれらの努力を粉砕するのが、スモウの神さまより与えられた恵まれた体躯。
 ある程度までは努力で賄える。でも限界はある。
 前後左右に増強することは可能だが、上にだけは手が届かない。
 背ばかりはどうしようもないのだ。
 だからマンガだけの世界。現実にはあり得ない。
 長らくそう思われていたし、誰もがそう考えてもいた。
 しかし現代に、この常識を打ち破るかのような小兵の強者が現れたもんだから、さぁ、たいへん。
 まるでマンガの主人公のごとく、自分よりも大きな相手をぶん投げる姿に、観客は熱狂した。
 なんだかんだで、みんなが見たかったのはこういう一番。
 デカいのが勝つのは当たり前。デカいのとデカいのがぶつかり合うのは、迫力があるけれども、重量感ゆえにちょっともっさり。実際にはとんでもないスピードで瞬間的に動いているのだけれども、外部から眺めていても、それはなかなか伝わらない。
 この傾向は体重別にて階級をもうけている競技全般に言えること。
 スモウは超重量級に位置している最高峰。
 そこに一人だけ、明らかにちがうスピードで土俵内を戦う小兵。
 しかも勝ち星を次々とあげているとなれば、もう世間が熱狂しないわけがない。
 なんでも当人によれば「金属バットで殴り合おうと、角材で殴り合おうとも、痛いしダメージはあるでしょう? 当たり所が悪ければ力士だろうがレスラーだろうが倒れるでしょう? それと同じですよ。一定以上のチカラがあれば体格の差はあまり関係ない。どれだけ大きかろうとも、しょせんは同じ人間なんだから」とのこと。
 この台詞にみんながシビれた。
 子どもたちもシビれまくった。
 おかげで休み時間になると、男の子たちが砂場にこぞっては学校場所を繰り広げているというわけ。

 男の子たちがスモウをとっているのを、遠くより眺めていたミヨちゃん。「ここのところ不祥事続きだったから、明るい話題でなにより」

 暴力事件、金銭問題、不適切な闇交際、その他もろもろ。
 なにかと黒い話題に事欠かない角界。
 歴史と伝統、巨額のマネーに、血の気の多い連中が集うがゆえに、どうしたってトラブルは多くなる。それをとり仕切る協会がちょっと頼りない。そして力士たちを守るはずの親方たちもちょっと頼りない。
 おかげで何か問題が起こったら、すぐに切り捨てる傾向が目立つ。

「いきなり首とか、さすがにどうかと思うんだけど」

 ミヨちゃんは寛大な心にて許し、一度は立ち直るチャンスを与えるべきとの主張。
 これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「あの業界はナゾが多すぎる。本気で育てる気があるとはとても」

 力士がスモウにだけ専念できるには、ほど遠い環境。
 ちゃんこ番? 付き人制度? 下っ端はなんでもあとあと?
 食事も休憩も鍛錬も、下っ端こそ積まさなければいけないのに。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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