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480 迷い

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 家庭の食卓。ごちそうといったら、真っ先に思い浮かぶのは?
 ハンバーグやカレーとかは大好きだけれども、ごちそうとはちょっとちがう。
 ステーキはごちそうだけれども、家庭用となると、うーん。
 それはウナギとかにも言えること。
 もちろんこの感覚には個人差や家庭差があるので、いちがいにそうとも言い切れないのだけれども。
 ごちそうに対する認識にもかなり差があるものの、それなりに名前があげられるところでは、スキヤキ、焼肉、ちらし寿司……。
 ミヨちゃんにとっては、家でのごちそうといえば、なんといっても手巻き寿司!
 マグロ、サーモン、イカ、ブリ、タコ、ハマチ、タイ、カツオ、いろんな種類のお刺身を筆頭に、お母さんお手製の甘めのタマゴ焼き、カニカマやソーセージ、味の染みた高野豆腐にチクワ、納豆、キュウリ、カイワレ大根、シソの葉などなど、お皿に盛られた具の中から好きなのを選んで、自分で海苔に巻いて食べる。
 そのワクワク感たるや、なかなか他のごちそうでは味わえない醍醐味。
 これがミヨちゃんはたまらない。
 でもだからこそ、ちょっと困っていることもある。

 視界一杯を埋め尽くす具材。
 これを前に幼女、おおいに悩む。
 もちろん箸を伸ばす際には、すでにどれに手をつけるのかは決めてある。
 決めてあるというのに、何故だか箸の先がふらふら。
 いわゆる迷い箸という現象が発生。
 そしてこれはマナー違反とされている行為につき、当然のごとく躾けにわりと厳しいおばあちゃんに「こりゃ、お行儀が悪い」とたしなめられる。
 お箸にまつわるマナー違反を総じて「きらい箸」というそうだけれども。
 寄せ箸、刺し箸、迷い箸。これが三強。
 だから怒られてもしかたがない。
 でも、ちょっと待って!
 目の前にずらずらごちそうを並べて、ちょっとぐらい迷うのなんてしようがないんじゃないの? だって幼女なんだもの。
 と、ミヨちゃんは思うわけだ。
 実際のところ、大学院生の長兄も高校生の次兄も、お父さんもけっこう迷いまくっているもの。
 なのに、それらには祖母は観て見ぬふりをする。
 孫娘がこのことにブーブー文句を言うと、おばあちゃんは「あれらはもう手遅れだ。だからいいんだよ。それにミヨは女の子だからね。キレイな箸の使い方を身に着けておいて、得をすることはあっても損をすることはないんだから」
 すべては自分のためと云われては、ミヨちゃんもあまり強く反発もできない。
 だからいつも渋々引き下がることになる。

「っていうか、そもそも『きらい箸』とかテーブルマナーって、いったい誰が考えたんだろう? おかげでのんびり手巻き寿司が楽しめやしないよ。わたしの至福をジャマしたのは誰だ!」

 不満を表明したミヨちゃん。
 いつものごとく仲良しのヒニクちゃんといっしょに下校中の出来事である。
 長い歴史、宗教など様々な影響を受けて少しずつ形を成してきたお箸文化。
 これに物も申すとの幼女の声を受けて、おもむろにヒニクちゃんは口を開いた。

「人生に迷いが尽きることなし。だから箸も迷う」

 日々、何かにつけて選択を迫られるのが人の一生。
 迷おうが迷うまいが切り抜けた先にて、また選択。これが延々と続く。
 選択肢が多ければより迷い。少なくてもやっぱり迷う。
 人すらもが迷うのだから、木の棒に過ぎない箸が迷うのは当たり前。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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