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473 腹の虫

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「くぅー」という音が鳴った。

 おもわず自分のお腹を押さえて、顔を真っ赤にしたのはミヨちゃん。
 時刻は午前十一時過ぎ。
 場所は駅前にあるビルの中。
 今日はここで動物をモチーフにした絵画展が催されており、入場無料ということもあって、ヒニクちゃんと二人して朝から観覧に訪れていた。
 落ち着いた照明、整った空調、静まりかえっている中でのお腹の音というのは、やたらと響く。
 そしてそんな時に限って、いつも以上に元気よく鳴っちゃうお腹。
 学校の授業中とかだと、やたらとお腹が減って、どうにも困っちゃう。
 でも本日は周囲にいるのは物静かな大人がほとんどにて、うっかりお腹を鳴らした幼女を見て、クスリと微笑むことはあっても、それは「あら、かわいらしいこと」といったニュアンス。
 学校のときみたいに男の子からからかわれることはない。
 とはいえ、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいので当人は照れ照れ。
 しかしちょっといいこともあったミヨちゃん。
 すぐ側にいたお年寄りの夫婦が、「よかったどうぞ」とお菓子をくれた。
 品のいいおばあちゃんはお茶目にウインクをして「わたしもたまに鳴っちゃうの。だからいつも持ち歩いているのよ」と言って、ひと口大のクッキーが詰まった小袋をくれた。
 おじいちゃんも「腹が減るのは健康の証。元気なのはいいことだ」と言ってキャラメルを箱ごと差し出す。
 普段ならば見知らぬ人から、ホイホイとお菓子を受け取ったりはしないのだけれども、親切心からなのは明白であったので、ミヨちゃんは「ありがとう」と礼を言い、これらを受け取った。

 幼女たちが一通り絵を見終わったときには、お菓子をくれた老夫婦の姿はもう会場になかった。どうやら一足先に退出したらしい。
 会場を出たミヨちゃんとヒニクちゃんは少し考えてから、クッキーは後の楽しみとしてとっておくことにして、先に貰ったキャラメルを頬張る。
 やさしくも懐かしい甘味が、すきっ腹に染みわたるようで、なんだか元気が湧いてくるような気がする。

「キャラメルってひさしぶりに食べたけど、おいしいね」とミヨちゃん。

 これにはヒニクちゃんも口元をもごもごさせながらコクンとうなずく。
 夜空のきら星のごとき種類のあるお菓子。その中から幼女たちがシンプルなキャラメルを選ぶことは極めて稀。どうしてもフルーツ味とか、ガムやグミキャンディー、チョコレートとか、つい目新しいモノに走ってしまう。
 だからこその、このコメント。
 長く愛される定番商品。その意味をおぼろげながらも理解した幼女たち。
 まぁ、それはそれとして、ミヨちゃんはしみじみもらす。

「さっきのおじいちゃんは健康だからって言ってたけれども、やっぱり困るよねえ。家にいるときとか別に鳴らないのに、学校とか鳴って欲しくないところにかぎって、やたらとグゥと鳴るんだもの。おかげで乙女のメンツが丸つぶれだよ」

 出物腫れ物ところかまわず。
 生きていれば鳴るものはしようがない。それは重々承知している。
 でもだからって、ところかまわずでは、乙女赤っ恥。
 かといってヨーコ先生みたいに「ぐー」と豪快に鳴らした挙句に「あー、腹減ったなぁ」とあっけらかんと言えるようになったら、それはそれで自分の中の乙女領域が危機のような気もする。
 クラスのおしゃれ番長のアイちゃんなんかも「自然体と神経が図太いのはちがうから」と常々言っている。それどころか乙女の沽券に関わるから「オナラと腹の虫と汗は気合で止めろ」なんて無茶まで言っている。
 さすがにソレはムリだろうと思ってはいるものの、どうにかなるものならばどうにかしたいとミヨちゃんは考えている。だって、やっぱり恥ずかしいもの。あと男子にバカにされるのは、なにやら腹が立つし。

「うーん。どうにかならぬものか……」

 ミヨちゃんが時代劇風におもいのたけを吐露したところで、おもむろにヒニクちゃんが口が開いた。

「とりあえず背筋を伸ばして腹式呼吸が効果的らしい」

 胃が急に収縮することで、内部の空気を圧迫して起こるお腹の音。
 とりあえず腹の中を空気で満たして、腹の虫の動きを封じる。
 オナラが臭わないパンツのように、お腹の音が外部に聞こえなくなる
 ハラマキが発明されたら、きっと女性を中心にしてバカ売れすると思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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