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456 リチウムイオン
しおりを挟む焼けるとぷくりと膨れるのがお餅。
怒るとプゥと脹れるのがほっぺた。
暑さでパンパンになるのがリチウムイオン電池。
自宅の居間でノートパソコンをカタカタしていたのは、ヤマダ家の長男坊。
大学院生の彼が休日の午前に、研究データの整理や論文の執筆に精を出しているのを、真剣な顔をしてながめていたのはミヨちゃん。
世の中どんどんデジタル化が進んでいるというのに、年齢を理由にずんずんととり残されている幼女は、やや焦っている。
このままでは自分は世界に取り残されるのでは?
あまりにもぶっちぎられて、もはや追いつくことは叶わないのでは?
と、内心で心配している。
かといってヤマダ家では小学二年生にスマートフォンやパソコンを自由にいじらせてはくれない。身近なデジタルなんてテレビの地デジ化くらいだ。
もっとも自由を許されたとて、何をどうしていいのかもわからない。
いろいろ出来るとみんなはいうけれど、これがいまいちピンとこない。
みんな手にした端末の画面に喰い入り、一日何時間も浪費して、いったいどのような「いろいろ」をしているのだろう。
まさかとは思うけど、ひょっとしてふりまわされてる? なんてこともつい考えてしまう。
なんとも複雑な想いを抱きつつ、長兄の作業姿を見守る末妹。
「ちょっと触らせて」と邪魔するほど、わがままではないミヨちゃん。
でもパソコンに興味はあるから、じーっと見つめる。
そんな妹の視線を感じつつ兄は「妹が華麗にパソコンを操る自分に尊敬のまなざしを向けている」と勘違いして、いっそう張り切っていた。
しばらくリビングにキーボードをたたくカタカタ音と、扇風機が元気に首を振る音だけが続く。
一階のリビングはあまり直射日光が入ってこないので、夏場でも午前中ならばあまり気温があがらず、エアコンを付けずに居られるのだが、そろそろ汗がじとっとにじんできたので、つけようかとミヨちゃんがリモコンを探す。
リモコンは兄のそばにあったので、これに手をのばしたミヨちゃん。
そのとき視界の片隅に違和感を感じて、いっしゅん手がとまる。
自分が何に気を惹かれたのか眉間をひそめたミヨちゃんは、視線を左右にゆっくりと動かし、その原因を突き止めた。
それはインターネットの端末機器。
充電式の持ち運びができるコンパクトタイプにて、これがあればいつでもどこでも電波が届く場所ならば、インターネットが使用可能になるという。
手の平サイズのちょっと厚めのカード型。
なのだが、何やらぷっくりしちゃっている。
シュッとしたスーツをお腹の出ている人がムリヤリ着込んでいるような、ぽっこりお腹。
みたいな状態にて、いまにもはちきれんばかり。
ちょいと指をのばして触れてみれば、けっこう熱くなっている。
「あれ? これ、なんかお餅みたいになってるよ」
末妹から指摘を受けて、「あっちゃー!」とヒロ兄。
あわてて電源を切るも、すでに熱々ぱんぱん、ちょっと不安を感じる状態に陥っていた。
機能は失われていないものの、内部のリチウムイオン電池が膨れてしまっており、その影響で機械そのものまで若干歪んでしまっている。
テーブルの上に寝かしたら、すっかりグラグラしている。
ためしにカバーを外してみれば、ポフンとびっくり箱みたいに電池が飛び出してきたものだから、兄妹ともにおどろかされるハメに。
だってたまにテレビのニュースとかで、ボン! と逝っちゃってる映像が流れていたものだから、「もしや」と想像しちゃったもので。
でも爆発することはなくってひと安心する兄妹。
「膨れちゃったねえ。やっぱり暑さのせいかなぁ?」とミヨちゃん。
「どうだろう。寿命が近づくと脹れるって聞いた事あるし。まぁ、たしかに暑さにも弱いんだけどね。まえに友達が車にスマートフォンをうっかり置き忘れて、気づいたときにはパンパンになってたって言ってたけど」とヒロ兄。
リチウムイオン電池は寿命を迎えると劣化膨張する。
高温になり過ぎると、熱暴走にて破裂・発火・爆発の危険性も。
だから興味深げに膨れた電池を指先でつついていたミヨちゃんを、ひょいと担いで遠ざけたヒロ兄。「だいじょうぶとはおもうけど、万が一もあるからね」
兄妹が膨れたリチウムイオン電池を相手に、ガヤガヤしていたら、そこに顔を出したのはヒニクちゃん。
本日はこれからいっしょにお昼をやっこ姉さんのところで、ごちそうになる約束があったのだ。
ドタバタにてすっかり忘れていたミヨちゃん。「ちょっと待ってて」とすぐに二階の自室に出かける準備へと向かった。
それを尻目に、テーブルの上の膨れた電池を見つけたヒニクちゃんがぼそり。
「リチウムイオン電池は家電量販店にあるリサイクル回収箱へ」
たまにボンバーしているのは、安価な非純正品がほとんど。
模倣品には保護機構も制御回路もなく、一定品質基準すらも満たしていない。
当たりはずれも大きく、安物買いの銭失いにならないように注意すべし。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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