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424 クマ
しおりを挟むある日、森の中を楽しくハイキングをしていたら、クマさんに出会った。
そして始まる地獄の鬼ごっこ。
逃げ惑ううちに仲間たちともはぐれ、陽もとっぷりと暮れて、闇の中に一人。
どこまでもどこまでも執拗に追ってくるクマ。
森のすべてが奴の味方。
孤独と恐怖、肉体的疲労に苛まれるばかり。
やがて限界を迎えて、朦朧となる意識。
そのとき、耳に届いたのは聞き覚えのある声。
ただしそれは絶叫であった。
なんていう実話を再現したドラマが放送された。
これを観たミヨちゃんはつくづくおもった。
「野生のクマ、超おっかねぇ」
アニメや絵本なんかに登場するクマさんはあんなに愛らしいというのに。
むしろこんなのをよくもアニメや絵本のキャラクターとして採用したものであると、感心するほどに野生の姿は荒々しかった。
そしてこれを受けて幼女は考えた。
「世の中いつなんどき、何が起こるかわからない。いざというときのために対処法を学んでおくべきである」と。
いくら用心していたとしても出会いがしらの不幸な事故までは防げない。
己の身を守れるのは己のみ。
しかし自分はまだ小さい。こんなカラダではたとえ改心の一撃を放ったとて、たぶんポフンと毛皮で防がれて終わりであろう。
まずは敵を知る。そして逃げる方策をまとめる。
これがミヨちゃんのたどり着いた答え。
そんなわけで翌日の放課後、仲良しのヒニクちゃんを誘ってちょっと図書室に立ち寄ることにした。
まずは動物図鑑を広げて、クマについてお勉強。
知れば知るほどに、「これはムリじゃねえ?」とミヨちゃん。
巨体を活かした突進攻撃による頭突き。
からのマウントポジションにて必殺の張り手の連打。
これにかみつき攻撃まで加わるとか、悪役レスラーが可愛く見えるほどの悪辣さ。
しかもベアークロー標準装備。
こいつを相手に幼女にどうしろと?
つぎにミヨちゃんが広げたのはサバイバルの本。
パラパラとページをめくっていたミヨちゃんが「おっ!」と声をあげる。
そこにはクマへの対処法が載っていたのである。
「これだよ、これ。えーと、どれどれ……」
その一、走っちゃダメ。興奮して追いかけてきます。
その二、距離があるなら静かに離れましょう。忍者のごとく。
その三、目が合ったら、ゆっくりと後ずさりましょう。あわてないあわてない。
その四、相手が立ち上がってもあわてない。それは威嚇ではなくて見極め動作。
その五、のしのし近寄ってきてもあわてない。岩のごとく嵐が去るのを待て。
その六、野生動物に食べ物を与えないこと。味をしめて調子にのります。
その七、木にのぼらない。動物園のパンダですら木登り名人。野生は達人級。
その八、ハイイログマなら死んだふりも効果的。ただし腹と首を死守せよ。
その九、クロクマなら死んだふりはご法度。嬉々としてお持ち帰りされます。
その十、戦うのならば短期決戦! 狙うは鼻の頭か目だ! 健闘を祈る。
ミヨちゃんはそっと本を閉じた。
そして「死んだふりってほんとうに有効だったんだ。一部だけど」とぽつり。
いっしょに本を眺めていたヒニクちゃんが、ここでおもむろに口を開いた。
「とりあえず大きな鈴と小型ラジオから」
クマはわりと臆病。それでも偶発的に接近遭遇するときはある。
そんなときこそあわてない。なんてことを言われても。
そのときにあわてないで、いったいいつあわてるというの?
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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