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407 圧縮袋
しおりを挟むふかふかだったお布団が、ぺちゃんこになっていく。
ふかふかだった座布団も、ぺちゃんこになっていく。
ぬいぐるみを入れると、なんだか微妙。
布団圧縮袋も年々進化しており、昔は掃除機のノズルを突っ込んで空気を抜く作業が、けっこう大変だった。
すぐに袋の内部で「しゅごー」と吸引口が塞がり、おもうようにいかない。
それでちょっと横着して強引にやったら、たちまち内部に空気が入り込んで元の木阿弥。
それはうっかりドミノばりの勢いにて元に戻ってしまう。
一度ならず、切ない想いをした利用者は多いはず。
しかし近頃では逆止弁なる吸引口が標準装備されはじめており、吸引口にノズルを合わせるだけで、詰まることもなく「スイー」と空気が排出されて、ぺちゃんこ。
だからとっても楽になった。
けれども人とは欲深な生き物。
満足ということを知らない。
もっとだ、もっととパンパンに中身を詰めて、ぎゅうぎゅうにしてから一気にぺちゃんこにしてしまえと無理をする。
べつにスーパーの詰め放題とかでもなんでもないというのに、余裕を持たせると損したような気になって、布団圧縮袋の限界に挑戦せねば気がすまないのだ。
圧縮袋にとってはいい迷惑である。
いい迷惑といえば、圧縮作業の折りにも彼らには受難が降りかかる。
よりぺちゃんこにしようとするタメに、上にのられる。
おっきなお尻にどっかと座られることもあれば、うどんを打つかのようにフミフミされることもある。子どもが手伝いに駆り出されて袋の上でバンバンはしゃぐこともある。
ものすごくがんばっているのに、もっとがんばれと責められる。
挙句に、いつのまにやら押し入れの中でぷっくり膨らんでしまっていたら「なんだ、この根性ナシの役たたずめ。わずかワンクールも耐えられないとは、厚めのカラダはただの見掛けだおしか」と言われて、ちっ、と舌打ち。
「きちんと封をしなかったアナタのせいでしょ!」との反論は受けつけてもらえない、この理不尽。
それでも彼らは自分の仕事に誇りを持ち、懸命に働き続けた。
だがあるとき、彼らの誇りを、その存在意義をゆるがす事件が勃発する。
阿呆が自ら袋の中に入って、自ら吸引して真空パックになるという、おふざげ動画をインターネットにアップ。
瞬く間に拡散され、多くの者の目に触れ、ついには面白がってマネをする者が続出。
小さな子どもなんかもマネしてしまい、事故が多発する。
これを受けて、人々はどうしたのか?
なんと! 手の平をかえしたのである。
これまで散々にこき使い、理不尽に踏みつけてきた布団圧縮袋たちを、その仕事ぶりを否定して、たんなる「危険物」との烙印を押したのだ。
そこから始まる悪夢の時代。
魔女狩りならぬ布団圧縮袋狩りが始まる。
押し入れ特捜隊が組織され、隊員たちが各家を家宅捜索。
問答無用で押し入れを開けて、中身をひっくり返し、布団圧縮袋たちが引っ立てられていく。
行き先はごみ焼却場。
次々と灼熱地獄へと放り込まれていく圧縮袋たち。
このままではすべての布団圧縮袋が無残に処理されてしまう。
そのとき、一枚の布団圧縮袋がついに立ち上がる。
「そんなにオレたちを危険物と決めつけたいのならば上等だ! その通りに使用上の注意事項をムシした、いけない子になってやるよ!」
反撃ののろしがつい上がった。
次々と身勝手な主張にて好き放題やってきた自称・万物の霊長たる相手に牙をむく布団圧縮袋たち。とはいっても彼らには牙も爪もない。
だから頭からすっぽりとかぶり、即席むしむしサウナ地獄へと誘うか、更には真空パックの刑に処するか。
もはやかつての蜜月は遠い過去となり、両者の乖離は決定的なモノとなってしまう。
人々は恐怖する。
なぜなら彼らはいたるところにいるからだ。
ほら? 自分の部屋の押し入れの襖を見てごらん。クローゼットはどうかな。
なんだか隙間があいていないかい?
もしもそうだったら気をつけて! 奴らがキミを狙っているよ。
……というような壮大な設定のもとに、「開けたらきちんと閉めよう」という啓発のポスターを美術の時間に仕上げたのはミヨちゃん。
作品の出来がよかったので額に入れられ、小学校の昇降口にある飾り棚にて展示されているのだけれども、あの一枚の作品の裏にこんな話が秘められていようとは。
下校途中にこの聞かされたヒニクちゃんもおもわずつぶやいた。
「擬人化がすごすぎる」
その歴史は古代ギリシャ時代にまで遡るらしい。
動物、鉄道、艦船、国などなど、当節はネコも杓子も擬人化ばかり。
当時の人たちもよもや擬人化文化が華咲くとは夢にもおもうまい。
とはいえ布団圧縮袋はさすがに無理があるとおもうの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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