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400 弟
しおりを挟む川辺の決闘でボスに敗北した自称サムライのオッサン。
翌日には姿が消えていた。
荷物もさっぱり無くなっており、わざわざ付近を掃除したのか、橋の下がやたらと小奇麗になっていた。
これをみたミヨちゃんは寂しげにつぶやく。
「そっか、また修行の旅に出たんだね。剣に生きるのってたいへんだなぁ」
なんだかんだで懐いていたミヨちゃん、自分がよかれて思ってヒニクちゃんに頼んで、ライバルとなりうる存在をあてがってもらったのだが、結果として別れが待っていた。
武に生きる男ゆえに、それも仕方がないことなのかもしれないけれども、ちょっとへんにょりしてしまう幼女。
ポフポフとヒニクちゃんに背中をやさしくたたかれながら、励まされ「きっと、また会えるよね」と顔をあげて歩き出す。
いつまでもくよくよとしてたって、しょうがないもの。
ミヨちゃんとヒニクちゃんの足が自然と向いていたのは、やっこ姉さんの家。
へこんだときには、元芸者の姉さんにピリリと気合を入れてもらうにかぎる。
あと美味しい緑茶と茶菓子で元気モリモリ。
「やっこ姉さん、いるー?」
「あいよー、縁側に回っておいで」
ミヨちゃんが門から声をかければ、家の奥からそんな返事がかえってきたので、言われた通りに裏の庭の方へとまわった幼女たち。
するとそこには懐かしい姿が……。
「あれ? オッサンがいる」しんみり別れを惜しんで、わずか三十分足らずで再会。これにはおもわずミヨちゃんは言った。「なんでここにいるの、ひょっとしてヒモ?」
これにはオッサン、あわてて「ちがう」と否定。だが幼女たちの視線は冷たい。だってどこからどう見ても女の家に転がりこんだ甲斐性なしにしか見えないもの。
極めて客観的な意見をつきつけられて、オッサン涙目。
そのときクツクツ笑いながら湯飲みをのせたお盆を持って、姿をあらわしたのはやっこ姉さん。
「あははは、ほら見な。子どもは正直だよ。それが世間さまの貴重なご意見ってやつだ」
「そんなぁ、姉ちゃんまでひどいぞ」
「えっ! お姉ちゃんって、もしかして二人って」
二人の気安げなやりとりにおどろくミヨちゃん。
そう、やっこ姉さんとサムライオッサンは紛れもない、実の姉弟。
弟さんがいたなんて話、ついぞ聞いたことがなかった幼女たちは、これにはたいそうおどろくも、やっこ姉さんの「いや、さすがにこんなのを胸はって喧伝できるほど、わたしも図太くはないから」という言葉に、納得。
うっかり話題にして「弟さんですか? ちなみにご職業は」とたずねられて「元気にサムライ気取って各地を放浪しています」とは確かに答え辛いもの。
かといって適当そうにみえて、お金が必要なときには日雇いの仕事もするし、旅先にて農家の仕事を手伝って食事にありついたり、自分で野山からまかなったりと、しっかり生きている。
ふつうの社会の枠にこそおさまってはいないものの、人間は出来ている。
格好だけの背広組よりよっぽど好漢。
ふらふらしてるけど遊んでるわけじゃない。むしろ修行僧のごとき厳しい鍛錬を己にかしている。贅沢もしない。ときには災害援助ボランティアにも参加しているというし、ある意味、とってもストイックな人生。他の人よりもちょっぴりワイルドなだけだ。
「ひょっとしてインドとか行ったら、すっごい尊敬されるんじゃないのかなぁ」とミヨちゃん。
仙人っぽいヨガな人とか、とっても尊敬されるとうろ覚えな根拠に基づく発言。
するとオッサンは言った。
「インドかぁ、なつかしいな。一時期いたんだが、いろいろあって出禁を喰らってね」
あれほど精神的におおらかそうな国から「おまえ、もう来んな!」と言われたオッサン。そこのところがもの凄く気になった幼女たちが、いくらせがもうとも、どうしても教えてもらえなかった。
これにはミヨちゃんも頬をプゥーと膨らませる。まるでエサを頬張るハムスターのようで、ちょっとかわいいとか思いつつもヒニクちゃんがぼそり。
「インドで人生観変わる説。ただのカルチャーショックっぽい」
ところかわれば習慣、考え方、服装、食べ物、みなかわる。
普段とちがうモノに接すれば、そりゃあ色々影響受けるのが当たり前。
あと精神性を悠遠なるガンジス川に例えるけれども、連中わりと短気。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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