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380 表札

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 いつものように仲良しの二人にて下校していたのは、ミヨちゃんとヒニクちゃん。
 とあるマンションの前を通りがかったら、顔見知りの郵便配達のお兄さんが踊り場にてウロウロ。
 集合ポストを前にして、封書片手に何やら難しい顔をしている。

「どうしたの? 郵便配達のお兄ちゃん」

 声をかけたら、「やあ」と少し元気のないお返事。
 で、理由をたずねたら、配達物の宛先にて少々こまったことになっているとか。
 個人情報保護の観点から、実物は見せてもらえなかったけれども、話によれば送り先の住所に部屋のナンバーの記載がなかったという。
 しかし名前はわかっているから、集合ポストにて確認しようとしたら、あるのは部屋ナンバーだけにて、苗字の類は一切記載されていなかった。
 ほんのひと昔前までは、どこのお宅にも誇らしげに表札が掲げられており、中には家族構成まで記してあったものだが、公開されている情報を悪用するやからが横行。年々悪辣さが増すばかり。
 なんとも物騒な時代にて、自分の身は自分で守らなければいけない、いやな世の中。
 防犯ゆえに女性の一人暮らしや、小さなお子さんがいる家庭なんかでは、住人の情報を外部に知られることを嫌って、表札すらも掲げないというお宅もずんずん増加。
 徹底しているところでは、このマンションのように一切の個人情報を提示していないところも。
 が、そうなると困るのが今回のようなケース。
 どこの部屋に誰が住んでいるのかがわからないのでは、手紙を届けられない。
 差出人がうっかり書き忘れたのだろうけれども、このマンションに住んでいるのは間違いない。目と鼻の先まで運んできたというのに、ここでトンボ返りでは、これまでの業務に携わった方々に申し訳ないと、真面目な郵便配達のお兄さんは考える。
 せめて管理人でもいてくれればよかったのだが、あいにくとここはそんなシステムではない。
 個人的な知り合いでも住んでいれば訊ねることもできたのだが、それもなし。
 かといって通りがかった住人に声をかけるのも、後々に発覚したら問題になりそう。
 世知辛い世の中と人情の狭間で苦悩する若人。

「そんなもん、知ったこっちゃねえ。ちゃんと宛先を書かない奴が悪い」と突っ返せたら楽だけれども、そんな薄情な人間ならば、そもそもミヨちゃんが親し気に接するわけもなく……。
 いい人は、いい人であるがゆえに悩みを抱えることに。
 これを受けてミヨちゃん、ひと肌脱いであげることにした。

「ちょっと待ってて」と言い、一人、マンションの内部へ。

 彼女が向かったのはここに住む知り合いの老夫婦のお宅。
 ミヨちゃんのおばあちゃんが所属しているカラオケサークルに所属している人たちにて、ミヨちゃんとも顔見知り。このマンションでも古株にて、たいていのことは把握している。
 二階の角部屋に住む老夫婦に事情を話し、「そういうことなら」と快く情報を提供してもらった幼女。
 大人が大人に訊ねるのは問題になることでも、幼女が大人に訊ねる分には問題なし。
 こうしてミヨちゃんの機転によって、無事に封書を届けることができたお兄さん。
 感謝しつつ通常業務に戻って行った。
 ブロロロとエンジン音をさせながら遠ざかっていく郵便局のオートバイ。
 それを見送りながらミヨちゃんポツリ。

「いつのまにこんなさみしい時代になったんだろうねえ」

 友のつぶやきを受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開く。

「いろいろあって施行されたけど、体よく言い訳に使われてる説」

 その件に関しましては、個人情報に関わりますのでお答えできかねます。
 なんて台詞をわりとよく耳にする。発するのはなにがしかの
 不祥事を起こして追及される側。なんでも守るというのも違うかも。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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