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372 一撃必殺
しおりを挟む畑を前にして、みんな、うずうずそわそわ。
落ち着きのない子らを見て、周囲にいた大人たちは顔を綻ばせる。
今日は学校行事のイモ掘り。
場所は小学校から歩いて通えるところにある、郊外の農業地帯。
土に触れることで、おおくのことを学ぼうという体験学習。
とはいえ、子どもらからすれば、遠足に近しい気分にて、ワクワクのほうがメイン。
自分で掘ったイモを一つ、お土産にもらえることと、作業後に農家の主婦連たちが作ってくれたオヤツが出るとあっては、テンションがあがらぬわけがない。
男の子たちは、誰が一番大きいのがとれるか競争だと盛り上がり、女の子たちはオヤツに想いを馳せている。
「イモのスイーツか、個人的にはスイートポテトがいいかなぁ」
なんてこぼしたのはクラスのオシャレ番長のアイちゃん。
本日はジーンズにチェック柄の長袖に麦わら帽子という、カントリーな服装ながらも日焼け対策はばっちり。
「そんな手の込んだ品、さすがに人数分も用意してたらたいへんだろうから、たぶん大学イモとかじゃないかな」
そう言ったのはスポーツ少女のリョウコちゃん。
いつもは長い脚を露出した短パン姿だが、今日ばかりはアイちゃん同様にジーンズ姿。
これをチラ見して「足の長い人は何を着ても似合うから、いいなぁ。ちなみにわたしの予想はふかしイモだね。ガキの胃袋を満たそうとおもったら、とにかく量がいるもの」と言ったのはチエミちゃん。服装は動きやすく、汚れてもいい無難な格好。容姿、能力、思考、その他もろもろがすっぽり平均値におさまる彼女は、現実にあまり夢をみない。たがらこそ「ふかしイモ」というシンプルな予想を口にした。
「焼きイモも定番だけれども、あれってじっさいに作るとたいへんだもんね。わたしもチエミちゃんに一票かなぁ。でも希望をいえば、スティック状に切ったやつを、油で素揚げ、これに塩をぱらぱらふったのが食べたいなぁ」
あくまで学校行事の一環だし、そんな手の込んだ品は期待できないとチエミちゃんの意見にのっかったのはミヨちゃん。格好は上下揃いの紺のジャージ姿。だが乗っかりつつも、ちゃっかり渋いリクエスト。
ミヨちゃんが素材の風味を生かした、外はカリカリ、中はホクホク、な食べ方を選んだのは、まえにヒニクちゃんの家にてご馳走になったことがあったから。
そんなヒニクちゃんは、愛用のつなぎの作業着姿。ペットのゾウガメのポン太のエサのために始めた趣味の家庭菜園でのいつもの格好を、そのまま持ち込む。
他の子たちが、いかにも場慣れしていない様子なのに対して、ヒニクちゃんだけは妙に風景に馴染んでいる。
一長一短では決して身につかない着こなし、その堂々たる風格に立ち姿、大地に愛し大地に愛されし幼女を目にして密かに瞳をキラリと光らせたのは、本日の指導員をしてくださるお爺ちゃん。「むむむ、この子、できる」
ひと通りの説明もおわり、さっそく農作業に入る子どもたち。
すぐにそこかしこから歓声が起こりはじめる。
基本的に子どもは加減をしらない。だから狂った犬のように、ここ掘れワンワン。
時折、ミミズやらおおきな虫なんかと遭遇しちゃって、可愛い悲鳴があがるものの、そうじて和気あいあいとした時間が流れていく。
ぶかぶかの軍手にて、地面から伸びたツルを相手にみんなが悪戦苦闘しているのをよそに、淡々と株の周囲から掘り進めていたのは、ヒニクちゃん。
手にはピンクのビニール手袋が装着されてあった。これだと爪の先に土が入り込まないので、あとが楽なのだ。
作業も中盤に差し掛かり、そろそろあちこちにて成果があがり始めた頃、事件は起きた。
畑に鳴り響く絶叫。
それはまるで牛ガエルを思いきりワシ掴みにしたときの声のようであった。
だから、てっきりまた男の子が見つけたカエルに悪戯でもしたのかと、みんな思ったのだが……。
声の主はヨーコ先生。
畑に転がりピクピク悶絶。
どうやら調子にのって生徒らにいいところを見せようとして、盛大に腰をやらかしたらしい。
他の先生たちに担がれて、運ばれていく担任を心配そうに見つめる教え子たち。
「あれは地獄の責め苦じゃ」
なんて指導員のおじいちゃんが、うっかりつぶやいたものだからが、子どもたちガクブル。
微妙な空気に包まれたところで、おもむろにヒニクちゃんがひと言。
「魔女の一撃、抗う術なし」
やらかしたが最後、基本、安静にしておくべし。
どうやら背中を鍛えるといいらしい、あとヨガとかストレッチも。
ちなみに一年以内の再発率が二十五パーセントに及ぶとか。南無南無。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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