上 下
363 / 1,003

363 地元

しおりを挟む
 
 僕たち私たちの町の歴史。
 そんなテーマにてはじまった授業。
 担任のヨーコ先生が用意したのは、今と昔を比較するための地図や写真など。
 わりと昔から人が住んでいた土地らしく、建築現場から遺跡が姿を見せることもあるし、そこそこの歴史を誇る寺社なんかも点在している。
 歴史的なイベントには一切関与していないけれども、歴史をずんずん重ねていれば、一人や二人は何がしかの偉人も輩出しているもの。
 とはいえそれはあくまでローカルレベルでの偉人。
 知名度皆無につき誰だよ、これ? という人の姿絵を見せられて、地元に貢献したとかなんとかいう話を聞かされる子どもたち。
 ぶっちゃけエピソードとしてのインパクトは弱い。
 いや、やったことは立派、それこそ郷土の誇りという奴だ。
 だが今日びの子どもたち、それこそ歴史に名を刻むぐらいの人でないと、「ふーん」といった反応。
 ましてやネット検索にひっかからないことを、声高に言われてもちょっと……。
 しかしそれはヨーコ先生も事前に予測していた。
 資料を準備していて自分でも「誰だよ、このおっちゃん」とか思っていた。教師からしてがそんなしょっぱい反応なので、子どもたちならなおのこと。
 だからこれを誤魔化すために、ある秘策を用意しておいたのである。
 それは「地元の名所旧跡を探そう」イベント。
 どんなところにでも何がしかのこの手の石碑だの、建物の一つや二つは残っているもの。
 教え子たちには何も書き込まれていない町の地図を印刷したプリントを渡し、調べて、見つけたら、どんどん地図に書き込んじゃおう。
 という宿題を課す。
 図書室や図書館、役所なんかで調べるもよし。近所のお年寄りや大人たちに訊ねるもよし。実際に自分の足で探しては旧所巡りを楽しむもよし。
 そして子どもたちに地元への感心と理解を深めてもらうとともに、ヨーコ先生は提出された宿題によって、楽に次から流用できる資料をゲットできるという企み。
 なんたる大人の小汚い奸計か! しかし無垢な子らはそれに気付かず、宿題という抗うことの出来ない呪文につき動かされることとなる。
 だが三十路手前、彼氏なし歴ほにゃららの、年中赤ジャージの女教師は、自分の目論見通りにことが運んだことに浮かれて、肝心なことを忘れていた。
 子どもは天使で無垢なる存在ではあるが、あれで存外、したたかにて。そうそう大人の思惑通りには動いてくれない生き物であろうということを。

「えっ、宿題どうするのかって? あんなもの駅前の観光案内所に置いてあるパンフレットを丸写しで済むじゃない」とはクラスのオシャレ番長のアイちゃん。大人の手を借りるどころか、組織ごとがっつり利用する気まんまん。
「あー、わたしはチームの先輩たちを頼るつもり。たぶん同じようなことやらされてると思うから」とはサッカー少女のリョウコちゃん。縦と横のつながりが強固な体育会系ならではの裏技を迷わず行使するとは、おそろしい子。
「わたしはどうするかなぁ……、週末暇だし、自転車でプラプラするかも」とは偉大なる凡のチエミちゃん。意外とマジメな答えかと思いきや、買ってもらったばかりの自転車でサイクリングがしたい想いが強いだけのこと。

 これらを受けて「どうしようか?」と首をかしげたのはミヨちゃん。
 彼女のお年寄りネットワークを使えば、資料なんざあっという間に集まりそう。たぶんプリントが細かい文字で埋め尽くされるどころか、ちょっとした厚みの小冊子が仕上がることであろう。
 さすがにそれは面倒くさいので、手堅く自分の祖母か、やっこ姉さんを頼ろうかと思案中のミヨちゃん。
 相談を受けたヒニクちゃん、おもむろに口を開く。

「地元の人間ほど、地元のことをよく知らないもの」

 観光地に住んでいる人は、いちいち観光したりしない。
 いつでもいける。いつでも見れる。隣の芝は青く見えるもの。
 近所を探してみると、案外、ステキなものが見つかるかもね。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...