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347 カート
しおりを挟む市内のはずれの方にあったスーパーマーケット。
近県にてチェーン展開している中規模の会社が母体。
価格破壊! とまではいかないけれども、そこそこお安く、設備投資や宣伝費などを抑えることで、お値打ち価格を実現。
うわさでは人件費もガリガリ削っているとの話もあるが、仮にも二部上場の末席にある会社にて、さすがにそれは……。
とは表向き。まぁ、一部上場だろうが、ワールドワイドな企業であろうが、レジェンド級の創業者が建てた会社だろうが、ブラックな面はそれなりにあるもの。
人が関わる以上、百パーセントのクリーンな組織なんてありえない。
だってもっともクリーンであるはずの信仰団体からして、過渡期のマフィアばりに血で血を洗う抗争を続けているんだもの。
いささか話題がそれた。
その郊外のスーパーが、このたび潰れた。
客足は悪くなかった。特売日ともなれば、レジは長蛇の列。駐車場も満杯にて表に入りきれない車が鈴なりになりほど。客単価もそれなりにあって、ダンボールいっぱいに品物を買って帰る人だって少なくない。
ふだんの営業日にだって、朝の九時の開店時間から、夜の九時の閉店時間になるまで、店から客の姿が途切れることもない。
三百円で買える、安くてボリュームはあるけれども、味の微妙な弁当。五個で百円という破格だけれどもペラペラなコロッケ。コンビニのおにぎりに似ているけれども中身が似て非なるおにぎりは一つ三十円なり。九十八円の太巻きなんて中味の大半が桜でんぶのかさ増しだけれども味は意外に悪くない。
まるで聞いた事のない、ネット検索でもヒットしないメーカー製の栄養ドリンクなんて二十八円で買えちゃう。効果は、まぁ、それなり?
もちろんテレビにてコマーシャルが流れているような、大手の品もある。
まともなメーカー品に、この手のB級品を織り交ぜることで、巧みにお得感を演出していた。けっしてアコギではない。これもまた企業努力なり。
その証拠に客も喜んでいたのだから。
出店直後こそは産地がどうの、メーカーがあれこれ、成分がうんぬんかんぬん、などと五月蠅い消費者もいたが、気づけばシレっと他の買い物客に混じって来店するようになっていた。
なのに潰れてしまった。
ある二つのことをしたがために客が激減。
坂道を転げ落ちるどころの騒ぎではない。崖から真っ逆さまに落ちたかのような凋落ぶり。
発端は、あるクレームの電話。
「ちょっと、おたくの店のせいで近所が大渋滞なのよ。いいかげんにしてよね」
実際、ちょっとしたトラブルになりつつあった。
新規オープン時だけのことで、じきに落ち着くだろうとの安易な予測はハズレ、交通渋滞を巻き起こし、警察が出動して、お小言を頂戴したのも一度や二度ではない。
このままでは行政指導とかを喰らってしまうかもしれない。
だから本部は人をやってスーパーの現状を正しく把握することにする。
調査の結果、判明したのは駐車場の不正利用。
買い物客以外の人が車を止めていたのである。微妙に駅に近い立地がどうやらアダとなったよう。
そこで不正利用を防ぐために、駐車場にゲートを設けることとなる。
三時間まで無料。スーパーに三時間も居る人なんて、まずいないので、実質上のタダである。あくまで長時間放置自動車を排除するのが狙い。
これによって駐車スペースはそこそこ確保されて、渋滞の緩和につながったので、まずまずの成功と言えよう。
ただし、代償がなかったわけではない。
客が一割ほども減ってしまった。
ゲートを設置したことで、来店時にちょっとした手間がかかるようになる。そのちょっとしたが、おもいのほかに客から嫌われた。
でも駐車場のゲートの設置なんてどこでもやっていること。だからじきに集客も回復するだろうと様子をみることに。
とりあえず問題が片付いて、やれやれと思っていたら、続けて新たな問題が起こる。
「ちょっと、カートがないんだけど」との客からのクレーム。
店側、これを受けて首を傾げる。
常時、五十台ものカートを完備。客の店舗での滞在時間を考慮すれば、歳末などの特別な時期をのぞいて足りなくなるなんてありえない。
そこで改めて調べてみた、なんと! カートの数が四十しかない。
十台もなくなっている。毎日いちいち数えてなんていなかったものだから、ちっとも気づかなかった。
で、またぞろ調べてみたら、なんと一部のお客が荷物を積んままゴロゴロ帰っちゃっていたことが発覚。ちゃんと返すのならばまだしも、そのままポイっとされたものだから店側はたまらない。
これはもはや立派な窃盗にて、警察に届けるべきだとの意見もあがる。
しかし本部は企業イメージもあり、それは避けたいとの考えにて、防護策として新兵器を導入。
カートの有料化を導入。
百円玉を差し込むと、かちゃりとチェーンが外れて、カートの使用が可能となる。
カートを戻せば百円玉も戻って来る。つまり実質無料。必要なのは事前に百円玉を用意することだけ。
が、これが地味に面倒くさい。
たかが百円、されど百円。
これによって「あそこってなんだか面倒くさいよね」とのイメージが定着。
こいつがボディブローのようにダメージを与え続けて、ついに撤退へと追い込むことに。
そんな潰れたスーパーの前を通りかかったのはミヨちゃんとヒニクちゃん。
シャッターは閉じられ、建物の脇には忘れ去られたプラスチックのコンテナが転がり、駐車場には早くもぺんぺん草が生えている。
「いったいどうすればよかったんだろうねえ」
諸行無常な姿を前にして、ミヨちゃんしみじみ。
これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開く。
「横着せずに駐車場に係員をおけばよかった」
古文書によれば、かつてお客様は神さまですと言われた、
伝説の時代があったという。だがそれよりも更に遡った資料には、
こうあった。客をみかけたら盗人だと思えと。他人の目って結構な抑止力。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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