ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

346 さんぽ

　
　ゴロゴロと道路を台車が行く。
　押しているのは二人の幼女。
　見た目こそはありふれた折り畳み台車ながらも、実はコンピューターなどの精密機器を運ぶことを前提とした優れもの。
　地味な見た目に反して震動やら、安定、動かしやすさなどが計算されつくされた品にて、衝撃吸収能力もすばらしく、生タマゴを立ててのせて移動しても倒れないとの宣伝文句にて販売されていた商品。
　これをミヨちゃんのお年寄りネットワーク経由にて、彼女の社長友だちから無料でゲットしたヒニクちゃん。
　せっせと何を運んでいるのかというと、台車の上にはヒニクちゃん家のペット、ゾウガメのポン太の姿。
　たまには外の世界をみせてやろうと、散歩にくりだしたというわけ。
　すくすく育っているポン太。その重量はうん十キロ。
　家の中ならばともかく、さしものヒニクちゃんでも外でこれを担いでウロウロできるパワーはない。せいぜい隣の丁目まで行って帰って来るのが関の山。
　しかしこの台車があれば、ある程度、平らな道であればどこまでも行ける。
　ポン太もうれしいのか首をきょろきょろしながら、ときおりカカカとアゴを鳴らしては喜んでいるみたい。
　家の周囲をぐるりとまわってから、馴染みの公園へと向かった一行。
　さて、ゾウガメが子どもたちが一杯の公園に行けば、どうなるかというと……。
　ものすごい人だかりが出来た。
　恐々と遠巻きに見つめる子の瞳には、ポン太の姿はきっと小型の怪獣のように映っているにちがいあるまい。
　中にはきゃっきゃとよろこんで甲羅に触れている子もいたりと、反応はさまざま。
　男女比は圧倒的に男。
　なにせ男の子たちは基本的にカメ好きが多いので。
　縁日の屋台でも、金魚釣りのとなりにカメ釣りでもあろうものならば、ほとんどの客はそちらに向かうぐらいのカメ人気。

　たちまちスターの仲間入りを果たしたポン太。
　だがそこに姿をあらわしたのは立派なドーベルマンをつれた上級生の男の子。
　飼い主に似ずに利口そうな顔をしたワンちゃん。
　ミヨちゃんに「グルル」と唸るも、ヒニクちゃんには「くぅーん」と甘える。
　飼い主の子、自慢の血統書付きの犬を連れて、鼻高々にてみなの注目を独り占めするつもりだったのに、そこには先客が。
　……はっきり言って面白くない。
　だから幼女に絡むという大人気ない態度に出る。まぁ、彼もまだまだ子どもなので、この表現もいささかヘンではあるけれども。

「へん、カメなんて何も出来ないだろう？　うちのジョンはとってもかしこいんだぞ」

　言うなり、お手、おかわり、お座り、伏せ、待て、回れ、ちんちん、などを一通り披露したジョン。
　これにはみんな拍手。上級生も得意満面。
　だがこれに水を差したのがミヨちゃん。

「すごいすごい。『ジョン』はかしこいねえ」

　彼女に他意はない。実際にこのドーベルマンはよく躾けられているし、賢いのは間違いないのだから。
　でもこの言い方だと、凄いのはあくまで「ジョン」であって飼い主ではないと、聞く者の心持ちによっては聞こえなくもない。
　残念ながら性根がいささか残念仕様な上級生には、そっちに聞こえてしまったみたい。
　無垢な言葉はときに何よりも鋭い刃となる。
　上級生、顔を真っ赤にしてこめかみがピクピク。
　そんな彼の様子を前にして、さすがに、このまま暴走されたら面倒と判断したヒニクちゃんがおもむろに動く。
　近くの自動販売機の脇にあったゴミ箱から、いくつか缶をとり出すと、これを持って戻ってきた。

「うちの子の芸も見せる」とヒニクちゃん。

　缶を地面に立てて並べて見せた。
　いったい何がはじまるのかと周囲が見守っていると、ゾウガメのポン太、次々とこれを踏みつぶしはじめた。
　振り下ろされた足にて、くしゃり。
　あとにはペチャンコになった缶の姿が。
　まさかのリサイクル芸にみんな唖然。

　リサイクルが叫ばれて久しいけれども、そのわりにはイマイチ。
　廃棄される基盤からとれるレア素材などを称した都市鉱山も放置気味。
　古紙の再生利用も停滞。とりあえず身の回りのゴミの量から減らしてみたら。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。