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338 ゲリラ

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 市役所の周囲の遊歩道に生えていた大きな街路樹たち。
 プラタナスというスズカケノキ科スズカケノキ属に属する植物にて、まぁ、街路樹界隈ではケヤキやイチョウと並ぶメジャーどころ。
 色づく秋には落ち葉がハラハラ、それは別れのムードたっぷりとなる。
 だが、いまやそれも見る影もない。
 無残に伐採された枝葉たち。痛々しい傷口が丸見えの、ハダカ状態にて、なんとも空々しい景色と成り果てている遊歩道。
 そんな場所を歩いていたのは二人の幼女たち。
 キャラメル色の髪の毛のはしがピコんとはねたミヨちゃん。
 市松人形みたいなサラサラヘアーのヒニクちゃん。

「ムクドリ対策なんだって」とミヨちゃん。

 ムクドリ。
 すずめみたいに小さな鳥で、いっつも群れで行動する鳥。
 まるで海中を泳ぐイワシの大群のごとく、大空にて数百もしくは数千羽もの群れが、団体行動をしている姿は圧巻のひとこと。
 ふだんは山に住み、時期によっては里へとおりてきて、田畑でわるさをする虫なんかをとっていたから、かつては益鳥とされていたけれども、時代の流れとともに自然が激減。
 その結果、行き場を失くしたムクドリたちは、街中へと姿をあらわすようになり、鳴き声やらフンやらにて、いまではすっかり嫌われ者の害鳥扱いされている。

「ほら、このへんって背広をきた人の姿がおおいでしょう。そこにムクドリアタックが降り注ぐもんだから」

 パリッとしたスーツ、鈍く光る革の靴、腕にはリッチな腕時計、手にしたカバンには大切な書類やらノートパソコンやらがはいっている。
 そんなところにびちゃびちゃ汚物の雨が。
 女性たちは日傘なんぞのおかげで、ギリギリセーフかとおもいきや、油断したところに足下に散乱したアレやコレにて、すってんころりん。
 お尻と服と心に深いダメージを負うことに。
 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
 たとえ一つ一つは小さかろうとも、チリも積もればなんとやら。
 一致団結したそのチカラはすさまじい。
 酸性ゆえに、ついにはあちらこちらに腐食を引き起こして、固いアスファルトをもうがち、それによって新たな犠牲者をも産む。
 すっかり愛が覚めて拗れた夫婦が、もはや修復不可能なように、ねじれきった人間とムクドリの関係。
 先にぶちキレたのは人間の方だった。
 で、市の対策担当が主体となって動き出し、タカを放ったり、怪電波を流したり、えらい先生の意見を求めたりと、いろいろやった結果が、この丸はだか。
 留まる枝がなければ、身を隠す場所がなければ、小心者のムクドリどものこと、きっと寄りつくこともなくなるだろうという、極めて原始的な対処法。
 しかしこれは効果があった。
 おかげで市役所回りの景観はヒドイ有様だが、とりあえずムクドリアタックの悪夢からは解放される。
 ……かにおもわれた。
 だが野生は人間が考えるよりも、ずっとしたたかで逞しいことを思い知る。

「鳥さんたち、いまではアソコに住んでるの」

 ミヨちゃんが指さしたのは大型の道路標識の裏側。
 ポールにズラリと並ぶはムクドリたち。
 背後は鉄板に守られて、守りはより強固になった。そして雨の日にはちかくの電車の高架下なんぞに、群れを分散して避難するというゲリラ戦法。
 一か所にまとまってくれていれば、まだ対処のしようもあったが、ツバサを持つ身にてこれをやられたら、もうお手上げ。
 結果として、市の対策は失敗。被害を市内全土へと広げただけに終わる。
 景観を破壊し、税金をムダ遣いし、いい歳をした大人たちが右往左往したあげくに、残ったのは無残な街路樹ばかり。

「大人ってバカだよねえ。あれだけおカネをかけるぐらいなら、木がいっぱいの公園でも造ったほうが、よっぽど安上がりなのに。横着して追い出すことばかり考えるからわるいんだよ」

 まぁ、ことはそう簡単な話でないのだが、シンプルゆえに的を得ているミヨちゃんのご意見を受けて、ここでおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「ダメージコントロールは難しい」

 失言によって大臣職を辞することになった大物政治家。
 不正経理や不正業務などが露見して追い詰められる経営陣。
 人間同士でも上手くいかないのに、話の通じない相手じゃあ、ねえ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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