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337 妖怪

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 本日はヒニクちゃんが図書係にて、放課後に図書室にいる当番の日。
 寡黙で無愛想ながらも有能な彼女。上級生らに命じられるままに、せっせと雑務をこなす。
 そんな友人を尻目に、棚からとってきた本を開いたのはミヨちゃん。
 幼稚園の頃からの大の仲良しの二人にて、たとえ片翼が図書係の日であろうとも、もう片翼が一人で家路につくことはなく、こうしてお仕事が終わるまで待っている。
 が、今日は他にもリョウコちゃんの姿もあった。
 いつもはサッカーの練習か、幼稚園の年少さんの弟を迎えに行くので放課後はわりと忙しい。でも今日は幼稚園の遠足にて、少しばかり帰りが遅くなる。
 いったん帰宅してから幼稚園に向かってもいいのだが、方向が真逆にてちょいと面倒。だから時間を潰すために、ミヨちゃんらに付き合うことにしたという次第。
 そんな二人が並んで見ていたのは、「近代妖怪大図鑑」という怪しげな本。
 明治時代以降に、世間をにぎわした妖怪や不可解な現象、いまでいう都市伝説みたいなモノをイラスト入りで紹介されている。
 あくまでおこちゃま向けの内容のため、恐怖度は低い。
 それでもキャアキャア騒げるのが若さというもの。
 パラパラとページをめくっては、適当なところを流し読み。

「おっ! ミヨちゃん、これ見て。人面魚だって……。えー、なになに、寺の池の鯉の額に浮かぶ人の顔と。でもコレって、どう見てもただの柄だよなぁ」
「っていうか、コレだと人面魚じゃなくて、人面柄の魚だよねえ、リョウコちゃん」
「でもすごいね。おかげで客が押し寄せて、お寺がフィーバーしたって書いてるよ」
「テレビでも連日、取り上げられたとか、平和な時代だったんだねえ」

 二人して古きよき時代に想いをはせて、うんうんうなずく。
 昨今の殺伐としたニュースだらけの日常よりも、よっぽどいいよとの意見にまとまる。

「お次は……、人面犬ってのもいたのか。顔がおっさんで体がチワワって、これはたしかに気色わるいね」
「うん。でも目をつむれば、わたしはイケるとおもう」
「えっ!」
「たとえ顔がおっさんでも、体はモフモフ。なぁに、電気をけしたらどのみち見分けがつかないよ」

 モフモフが大スキなのに、全モフモフから蛇蝎(だかつ)のごとこく嫌われているミヨちゃん。もしも許されるのならば人面犬すらも厭わないという、乙女の覚悟をまえにしてリョウコちゃんも絶句し、二の句がつなげられない。
 このままではいけないと思い、ヒニクちゃんに救いを求めようと視線をおくるも、あいにくと彼女は棚整理の真っ最中につき、こちらにかわいらしいお尻をむけていた。

 しばし人面犬のページをガン見していたミヨちゃん。「でも、できれば猫マタとかのほうがいいかな」
 そのつぶやきに、ちょっとホッとしたリョウコちゃん。ふたたびページをめくり出す。
 するとその手がとまったのは「口さけ女」なる妖がのっているところ。

「えー、マスクをした若い女性で、口が耳までさけているのか……。なんだか痛そうだな。夕暮れの街をうろうろしているぐらいなら、とっとと病院行けよとおもうんだけど」

 かつて世間を席巻し、全国のPTAを大混乱に陥らせ、子どもたちを恐怖のどん底に叩きおとしたという、口さけ女も、いまどきの幼女にかかるとこんなモノ。
 価値観や判断基準はその時代時代でかわる。
 いまどきの小学二年生としては、口がさけている女よりも、刃物片手にうろついている不審人物の方がよっぽどこわい。

「っていうか、顔がそんなのになっちゃったら、ふつうは気が滅入って部屋に引きこもるよね」

 ミヨちゃんはさらに現実的な意見をのべ、そこでハッ! とした。

「ひょっとしたら、口さけ女はいなくなったんじゃなくて、アンダーグラウンドにもぐったのかも。このまえニュースで中高年の引きこもりがふえてるって言ってたし」

 元祖都市伝説と言えなくもない女性と、現代の社会問題をコラボさせるという、トンデモ説を打ち上げたミヨちゃん。
 新発見に興奮したのか、やや声が図書室に相応しくない音量に。
 おかげでばっちり聞こえたヒニクちゃん、おもわずボソリ。

「わたしは心理実験説を支持」

 嘘かまことかCIAがウワサの伝播についての検証実験をした。
 なんて話があるけれども、やるとしたら外国の組織じゃなくて、
 大学で心理学を専攻していた学生とか院生あたりがクサイと睨んでいるの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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