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321 バタン!
しおりを挟む三十分百円、二十四時間最大二千五百円などと書かれた看板のあるコインパーキングの前を下校時に通りかかったのは小学二年生の二人の幼女。
キャラメル色のくせっ毛のはしがピロロンと跳ねているのがミヨちゃん。
肩の辺りで切り揃えた黒髪サラサラヘアーなのがヒニクちゃん。
「このかんばんって、なんだかよくわかんないんだよね」
場所によって値段がまちまち、それに丸一日とめての値段かとおもいきや、なんだかちょっとちがうらしくて、特殊な計算方法にて清算されるんだとか。
おかげでちょくちょくトラブルを起こしているとニュースで見たミヨちゃん。
「ごちゃごちゃこまかい文字でかくぐらいならば、キチンとした料金表でも書いたほうがよっぽどお客にわかりやすいのにねえ」
意図してなのか、たまたまなのかはわからない。
そんなややこしい看板をまえにして、ミヨちゃんが至極まっとうな消費者の意見をのべると、これにコクンとヒニクちゃんもうなづく。
そのときである。
ふいに、「バタン!」とおおきな音がして二人がビクリとさせられた。
音の正体は車のドアを閉める音。
コインパーキングの利用客は白髪の年配の男性。
背広姿からして仕事での利用なのだろうか。
彼が車を残して、スタスタと遠ざかるの見送る。
十分に距離が離れたところでミヨちゃん。「そういえばお年寄りの男の人って、わりとどこでもバタンって鳴らすよね」
この頃の車は、子どものチカラでちょいと押すだけでもしっかり閉まる。
なのにバタン!
開けたフスマを閉じる際にもシャーッ、バタン!
トイレのドアを閉めるときにも、なぜだかバタン! 夜中とかだと近所にももれ聞こえてくるときもあるほどの生活音。
「窓とか閉めるときにも、けっこうな音を鳴らすよね。うっかりガラスが割れないか心配になるぐらいに勢いをつけて。歳をとるとチカラの加減がむずかしくなるのかな?」
やたらとお年寄りに受けがいいミヨちゃん。その交友関係は一定の年齢層より上にいくほどに拡大化。ぶっちゃけ学校の友だちよりも、そちらのネットワークの方が数十倍は大きい。市内の主要な老人たちは、ほぼほぼ彼女にメロメロ。おそらく幼女がその気になれば市政運営を左右するほどの影響力を持っているのだが、当人はそれを知らない。
「でも女の人はそんなことないよね? うちのおばあちゃんとかやっこ姉さんとか、むしろ静かすぎて、『ひょっとしてクノイチか!』と思っちゃうぐらいだし」
昔の女性はとっとて慎ましやか。大股開きにてヒャッハーなんてしない。
いや、裏ではやっていたかもしれないけれども、少なくとも人前では控えて猫を被っていた。
元売れっ子芸者にて、いまは三味線の師匠をしているやっこ姉さんにいたっては、表も裏もキチンとしているので、もはや化け猫レベル。
極端な例が身近にいるせいか、どうしてもお年寄りの男性の粗野さが目につくミヨちゃん。
「そういえば、近頃、お父さんもちょっと扉の開け閉めとかが乱雑になってきた気がする」
やや深刻そうな表情を浮かべたミヨちゃん。二男一女の兄妹の末っ子の彼女。上は大学院生、次が高校生、そして小学二年生とけっこうな歳の差。それすなわち両親の年齢も同年輩よりかは、ちょっと上を意味している。
ひょっとしたらいち早く、バタン問題を抱える層へと自分のお父さんがアップグレードしてしまったのかもしれない。
あんまりうれしくない状況にミヨちゃんが顔をしかめたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「バタン! は移ろう時代の名残り」
昔の車って、しっかり閉めないといけなかった。バタンと音を立てるぐらいに。
窓やドアやフスマだって似たようなモノ。いまみたいに密閉率の高くない家屋。
季節の影響をモロに受けて、歪みや湿気なんぞで建付けが悪かったから。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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