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319 これくらい
しおりを挟むミヨちゃんたちの住む街を流れる川は、わりと自然が豊か。
場所によっては江戸時代からかわらぬところもあるそうな。
それゆえに魚の種類も豊富にて、いまどきヘラブナとかが釣れるとあって、専用の竿をもった釣りキチたちが、ちょいちょいあらわれる。
週末の午後、川べりのポイントにて折りたたみイスに腰かけ、釣り糸を垂らしている釣り客の二人組の姿があった。
その姿を少し離れていたところから眺めていたのは、ミヨちゃんとヒニクちゃん。
「ヘラブナにはヘラブナ用の竿があるんだって。竹で職人さんが造るらしいんだけど、めっちゃ高いって。そのくせムチャをするとすぐにぺキって折れるんだって」
どうやら知り合いのお年寄りから聞きかじったらしい知識を披露するミヨちゃん。
「いまのカーボンのなら折れないけど、それはフェアじゃないって言ってた。折れない竿に切れない糸なんて使うヤツなんて、とんだヌケサクだ! とか言ってたよ」
あえて誰が? とは聞かずにコクコクうなづいてみせたヒニクちゃん。
幼女たちがそんな話をしていると、視界の中の釣り客たちにも動きが。
一人の竿の先端がしなっており、浮きがピクリピクリ。
タイミングを見て、「よっ」と竿をあげればハリが見事にかかったのか、バシャバシャと河面から暴れる音が聞えてきた。
伊達に専用の竿をもっているわけではなさそうで、あせらずていねいに右へ左へと竿を動かしては、魚を疲れさせて、じきに引き寄せてタモでそっとすくう。
ここからではどれくらいの大きさの魚が釣れたのかはわからない。
だけれども漏れ聞こえてくる会話や手の動きから、「これくらい」との想像はついた。
三十センチには届かなかったらしく、針から外すとソッとコレを逃がす。
その仕草を見て「あの人、やるねえ」とミヨちゃん感心。
なんでも、逃がすさいに乱暴にポィと投げる人もいるんだとか。でもそんなことをしたらショックで魚が弱ったり死んじゃったりすることもある。
その点、この人たちは合格だとミヨちゃんが褒めた矢先に、なぜだかモメだす釣り人たち。
なにやってんの……。
とあきれる幼女たちを尻目に、やがてつかみ合いのケンカに発展。
で、何をモメているのかとおもいきや、その理由が実にしょうもない。
釣った魚のサイズで二人はモメていたのだ。
片方が「オレが釣ったのはこれぐらいもあった」と両手にて大きさを示せば、もう片方が「なんだそんなの。自分なんてこれぐらいはあったぞ」と同じく両手にて大きさを示す。
いささかオーバーに広げら手を見て、「このホラふきめ」とこぼすと、言われた方もカチンときて「てめえこそ、ウソツキ野郎め」となり、そこから先は売り言葉に買い言葉。
川辺でやんやといい歳をした大人がやりあえば、当然のごとく、とっても神経が繊細な魚たちは逃げていく。
「ごめん。やっぱり、さっきのナシで」とミヨちゃん。「それにしてもいまどき携帯のカメラで写しておくなり、メジャーのひとつでも持ってくればすむ話なのにね」
そうあきれる幼女。するとその疑問を受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「想い出補正は平均四割増し」
「これくらい」という大まかな基準。ゆるくて私はわりとスキかも。
あと釣りは釣果がなくても楽しいって言う人がいるけれど。
あれってウソよね。だって釣れないよりかは釣れるほうが楽しいもの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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