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305 百科事典
しおりを挟む「弟の誕生日にさぁ……。百科事典が届いたんだよねえ」
うんざりした調子にてそう言ったのはリョウコちゃん。
バツグンの運動神経にカモシカのようなすらりとした脚線美を持つ、サッカー少女。
二年生にしてすでに高学年に混じって試合で活躍していることからも、彼女のその卓越したセンスは言わずもがな。
そんな彼女にはまだ幼稚園の年少の小さい弟がいる。
ヤンチャできかん坊、そのくせさみしがりやで甘ったれ。どうでもいいことにムキになるかとおもえば、わけのわからない遊びに夢中になったり、山の天気みたいにコロコロと機嫌をかえる。まぁ、その年頃にありがちな男の子。
まだ文字も満足に読めない弟に重たい百科事典。
もちろん宝の持ち腐れ。まったく興味をしめさず、ただの一ページも開こうとはしない。それどころかブロックがわりに平積みをしては、その上によじのぼり踏みつけては、飛び跳ねて遊んでいる。
全三十巻にて場所もとるから、ただでさえ散らかりがちな家の中が、いっそう窮屈に。
そんな迷惑な贈り物をしてきたのは、遠方に住む父方の祖父。
孫が、それも男の孫がかわいくて仕方がないのか、何かとモノを送り付けてくるのはいいけれども、その選択がいろいろと時代錯誤。
あとこちらの都合は一切考えていない。どうせ百科事典を贈るのならば、電子辞書タイプにでもしてくれたら、場所もとらずに家族みんな使えたのに。
それに自分の誕生日のときに、ただの一度もお祝いなんてしてくれたこともないのに。
と、リョウコちゃんがブツクサ文句たれている。
あまりグチったりしない彼女にしては、めずらしい。
「あー、たまにいるのよ、そんな爺さん。男の子をやたらとヒイキする人。きっと男の方がエライって古代思想がすっかり染みついちゃってるんでしょう。相手にするだけムダムダ。その手の年寄りは放っておけばいいのよ」
なかなか辛辣な意見を口にしたのはクラスのおしゃれ番長のアイちゃん。
そう言う人にかぎって、都合が悪くなるとすぐ「女のくせに」とか「子どものくせに」とか言って、絶対に自分の非をみとめようとしないと、いっしょにグチる。どうやら過去に何かあったらしい。
「漬物石がわりにするには軽すぎるし、かといって枕にするにも固すぎる。トレーニングにつかえないか試してみたんだけど、ムダにぶ厚いから私の手じゃ、まだしっかりにぎれないんだよねえ」
使い道がないと頭を悩ましているリョウコちゃん。
「うちにもワンセットあるよ。ヒロ兄がじいちゃんに買ってもらったのが。もっとも今はダンボールに積めて物置の中だけど。だって歴史とか地理とかって、ちょいちょい中身がかわるから。それにいまはネットでちょちょいのちょいなんでしょう?」とはミヨちゃん。
高い、重い、場所をとる。
あげくに情報が更新されない。
古本屋でもところによれば引き取りを拒否される。
最悪、チリ紙交換にドナドナされてしまう人類の英知の結晶っていったい……。
と、ここでミヨちゃんが「そうだ!」と何事かを思いついたらしく、ポンと手を鳴らす。
「あれだよ! 時代劇に出てくるやつ。わるいことをした人がお役人につかまると、床に正座をさせれて、ヒザの上に平べったい石がのせられちゃうの。なんていうのか名前はわすれちゃったけど、その石がわりにしちゃえばいいのよ」
これを聞いたリョウコちゃん。「なるほど、弟がイタズラしたときに使えるかも」とうなずく。
江戸時代の拷問もどきに活路を見出される百科事典。
そんな話を嬉々としている二人の様子に、やや引き気味のアイちゃん。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開く。
「それは石抱、もしくは石責ともいう」
三角形の木材を並べた上に縛って正座。その上から石を
ドンドンと積んでいく拷問法。これでメインディッシュのまえの
軽い前菜なんだから、おそろしいったらありゃしないと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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