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302 かみなり

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 その日は朝から天気があやしかった。
 二時間目あたりから空が真っ黒になり、ピカピカと光が走り、ついにはゴロゴロガッシャーンと、ものすごいのが落ちた。
 近くの鉄塔に落ちたらしく、かすかに地面がゆれて、教室の窓ガラスもビビビとふるえた。
 続けて幾つものイナヅマが暴れて、あまりの迫力に子どもたちが「きゃっ」と悲鳴をあげる。窓際の席の子なんて、おもわず逃げようと腰を浮かせたほど。
 だが教室内で一番、大きな悲鳴をあげていたのは、だれを隠そうヨーコ先生だった。
 なんでも昔、山にハイキングに行ったときに、カミナリでえらい目にあったそうで、それ以来、あんまり強烈なのはダメになってしまったそうな。
 ちなみにそのハイキングは女友達だらけで行ったとのこと。
 すれちがう人、すれちがう人、年よりばっかり。

「山に落ちるのはカミナリばかりで、いい男はどこにも落ちていなかった」とのこと。

 澄んだ空気に、キレイな景色、ココロもカラダも洗われるような環境にあって、女たちの口からもれるのは、自主規制すべき内容の毒話ばかり。
 街中のファミレスやカフェとちがって、ひと目を気にしなくていい分だけ、性質がわるくなる。
 カミナリにおびえながらも教え子たちに「あんたたちも気をつけなさいよ。女ばっかりで人気(ひとけ)のないところに遊びに行っても、ロクなことにならないんだからね」とグチっていた。

 それを聞いていたクラスのおしゃれ番長のアイちゃん。

「知りたくなかった山ガールの真実」と地味にショックを受けている。

「でも女がゾロゾロ集まったら、そんなもんだろう? うちのチームの控室なんかも、たいがいだよ」

 そう口にしたのはサッカー少女のリョウコちゃん。地元のチームに所属している彼女。体育会系が明るくさわやかだなんて、幻想だと言い切る。人が集まれば空気がよどみ、とうとうと湧くのは負の感情。汗とドロにまみれた汚部屋を見れば、百年の恋もいっしゅんで冷めるとのこと。

「……っていうか、山にかぎらず、いい男なんてそのへんにホイホイいるわけないよね。いたとしても、まずお手つきでしょう? そんな優良物件が売れ残っているほうがおかしいわよ。もしも残っていたら、それは事故物件の可能性が高い」

 男性を物件に例えたのはチエミちゃん。容姿、能力、思考、その他すべてが平均値にすっぽりとおさまる、ストライクど真ん中な彼女は、きわめて堅実かつ現実的なモノの見方をする傾向にある。ムリせず、ムダなく、ほどほどに、がモットー。だから人生に過剰な期待も夢も抱かない。己が分をわきまえているがゆえに隙がない。

「わたし、カミナリきらい」

 三人をまえにして、ぼそりとそうつぶやいたのはミヨちゃん。
 キャラメル色のくせっ毛のはしがいつもピロロンとはねている幼女。
 その頭は天候の影響をモロに受ける。そしてカミナリがゴロゴロ調子がいい日なんて、頭がどえらいことになっていた。
 いつもの三割増しぐらいに、ボボンとはじけて、暴れている。
 これにはさしものアイちゃんのブラッシングテクニックでもお手上げ。
 それどころか何やら帯電しちゃっているらしく、うかつに扉とかに触れるとピリリときちゃう。
 ミヨちゃんのそんな頭をからかった男の子なんて、逆に腕を掴まれて、静電気の刑に処されて、つぶされたカエルみたいな声をあげていたほど。

 授業そっちのけでカミナリ談義に盛り上がる教室内の喧騒をながめつつ、ヒニクちゃんがぼそり。

「ああ無情。悲鳴にも賞味期限が」

 小学二年生のキャアキャアは、にぎやかで、かわいらしい。
 女子高生のキャアキャアは、かしましくて、あいらしい。
 三十路手前の独身女教師のキャアキャアは……かなり痛ましい。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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