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285 歴史
しおりを挟む学校の授業も少しずつ様変わりをしている。
黒板にチョークにノートにエンピツだけだったのが、パソコンや専用端末が活用される機会もグンと増えた。
それでもあいかわらず教科書は分厚いし重たいけれども。
いずれは完全デジタル化という話も出ているらしいが、このぶんではまだまだ時間がかかりそう。
なにせ技術的や経済的な問題とはちがったところで、手間がかかるから。
外部の専門家を招いてのプログラミングの特別授業にて。
大学から若い准教授が来るときいて、若干張り切っていたのはヨーコ先生。三十路手前の彼氏なしの女教師は、いい男ならばお近づきにとか企んでいたようだけど、残念ながら目論見が外れた。来訪したのはけっこうな中年男性につき、しかも左の薬指にはキラリと光るかがやきが。
「男と女の縁ってむずかしいよね」
スタート地点にも立てずに、すっかりヤル気を失っている担任の背中を見つめて、ポツリともらしたのはミヨちゃん。
これにヒニクちゃん他、班のメンバーの女子一同もコクンとうなづく。
班ごとに貸し出されたパソコンと道具類。
パソコンの画面の中にて、前へ進めだとか、止まれだとか、右へ曲がれだとか、簡単な行動を指示するアイコンを選んでは、マウスをカチカチして、つらつらと順番に並べる。
これをロボットもどきの人形にデータ送信することで、指示通りに動くというモノ。
あくまでプログラミングに触れてみよう! という超初心者向けの内容。
好きな人はとっても好きそうな授業。
だけれども興味のない人にとっては、きわめてたいくつ。
男の子たちはわりとはしゃいでいるものの、女の子たちのほうは、ほとんど興味なし。
せめて人形のデザインがかわいい子犬だとか、動物をデフォルメしたキャラクターとかであったのならばまだしも、動き回っているのはブリキのロボットみたいなヤツ。
はっきりいってかわいくない。
しかも動くと言っても基本的に、進んだり戻ったりするばかりだから、そもそも人型である必要性がまるで感じられない。
「これなら車とかでもよかったんじゃあ……」
「さすがにロボットと言うにはムリがあるかも」
「っていうか、ぶっちゃけラジコンでいいよね」
「うちの掃除機のほうがよく動くよ」
「うちのはぜんぜんダメ。いっつも同じところでコツンコツンしてるんだぁ」
「ラジコンっていえば、ネコ用のおもちゃのあるよね。アレってかわいくない?」
「うちにあるよ。でもネコじゃらしのほうがよろこぶんだ」
「いーなー、わたしもネコかいたい」
「ネコ、かわいいよね」
ヒソヒソと女子たち。家の中をかってに動き回っては掃除をしてくれる奴よりも、まったく役に立ちそうもないプログラム人形に、なかなか辛辣なご意見の数々。そして話はそれて途中からネコ談義へ。
それを尻目に黙々とプログラムの入力作業をこなしていたのは、クラスのオシャレ番長のアイちゃん。
なにせミヨちゃん、ヒニクちゃん、アイちゃん、リョウコちゃん、チエミちゃんの班の中で、まともにパソコンに触れたことがあるのが、アイちゃんのみであったので。
ミヨちゃん、家に何台かあるものの、あんまり興味がない。なんだか目がつかれるし。
ヒニクちゃん、同じく家に何台かあるものの、電源を入れて起動を待つ間に、知りたいことは本でちゃっちゃと調べてしまう。
リョウコちゃん、小さな弟がいるのに、そんなデリケートな機器なんて怖くてとても置いておけない。
チエミちゃん、お父さんが仕事でつかっているけれども、大事なデータが入っているのに、子どもに触れさせるわけもなく……。
「マウス? ネズミのこと。右をクリック? クリックって何。エンターキー? えーと……カギなんてどこについてるの」
という状態にて、いっこうに遅々としてすすまぬ作業。
頼りにならないメンバーたち。なにかと曲者揃いのくせして、想像以上のローテクぶりにて、おもわぬ弱点を披露することになった。
だけれどもアイちゃんは常に最新のファッションの情報を仕入れるために、家のパソコンを活用している。
まさかの小学二年生にして華麗なブラインドタッチ。キーボードの上にて指先が軽やかにタップダンスを踊っている。「いまどきこれぐらいふつうよ」と言われては、班の一同、ぐうの音もでなかった。
世の中、やれIT化だの、AIだのと発展目覚ましいというのに、はたして自分たちはこのままでいいのだろうかと、思い悩むミヨちゃんとリョウコちゃんとチエミちゃんの三人。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「パソコンが使えなくてもエラくなった人はたくさんいる」
自動車が登場して馬車が用なしになると言われたけれども残ってる。
デジタル化が進んで紙が不用になると言われたけれども、あいかわらず。
AIもきっと大丈夫。人の役立たずぶりは、そんなにいまと変わらないと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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