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269 ボス
しおりを挟むちょっとした原付バイクほどもある大きさの野良犬。
シェパードとゴールデンレトリバー、それからハスキーなど、なんだかいろんな犬種のいいところが混じったような立派な体躯をしたイヌ。
人間にしたらイケてるハーフモデルみたいなもの。
彼こそがこの一帯のイヌどもを取り仕切っている、通称「ボス」
そんなものが河川敷の辺りをうろついていたら、すぐに保健所に通報されそうなものだが、この街の住人たちは誰もそんなヤボなマネはしない。
なぜならボスがこれまでに成した、数々の偉業を知っているから。
台風明けの夏の河原にて、水遊びに興じていた子どもたち。
上流で受けた雨の影響が、あとから下流に押し寄せることを知らなかった彼らは、中洲にいたところに、それに襲われることになる。
急に増えた水量、みるみる上がる水位、ふだんとはまるでちがう別の顔を見せる川。
水の暴力を目の当たりにして、すっかり怯えて縮あがってしまった子どもたち。
すぐに付近の大人たちがかけつけるも、どうにもならない。
消防署に連絡を入れるも、渋滞に巻き込まれてレスキューの到着が遅れている。
連絡を受けてやってきた親御さんたちも気が気ではない。
そんなときにザブンと荒れ狂う波に飛び込んだのが、一頭の野良犬。
力強く泳いで中洲までたどり着くと、子どもを自分の体にしがみつかせて、そのまま再び岸まで戻ってきた。
これを何往復もこなし、ついに全員を救い出したのだから、たいしたもの。
そしてボスは、抱き合う親子の姿をしばし見つめた後に、悠然と去って行った。
夜な夜な河川敷に集ってはやんちゃをしていた若者たち。
集団が膨らむほどに傍若無人さが目立ち、近隣でもトラブルが目立つようになる。
そんなある日のこと。
堤防沿いの遊歩道を杖を片手に、よちよち歩いているお年寄りがいました。これに目をつけた悪ガキども。なんと! お年寄りの杖をとりあげて、からかうだけでなく、とても筆舌に尽くしがたいような言葉を投げつけた。
するとそこに颯爽とあらわれたのは、一頭の野良犬。
またたく間に無頼どもを叩きふせて、杖を奪い返すと、これを老人にそっと返した。
その姿は、まるで時代劇に登場するヒーローのようであったとは、助けられたお年寄り談。
しかしやられっ放しでは気がすまないヤンキーども。
イヌっころに舐められたとあっちゃあ、不良なんてやってられねえぜ! と全兵力を集結し、これを一気に投入。その数、六十と八名。
が、まさかの返り討ち。
夜更けに始まった河川敷の決闘。一対多数の中、縦横無尽に駆けまわり、夜の闇と周囲の環境を味方につけたボスは、効率よくエモノを狩っていき、ついには全滅させることに成功する。
なお、やたらと「ブォン、ブォン」と音がうるさい改造バイクのキーをすべて抜いたボスは、これらを全部、川にぶちまけたからたまらない。
朝もやの中、泣きながら川底をさらっている連中の姿が、大勢の通勤や登校途中の人たちに目撃されて、その映像がバッチリネットに流されて、すっかり面目を失った集団は解散することとなった。
他にも夜な夜な公園に現れては下半身をさらして、周囲の婦女子たちを恐怖のどん底に叩き落としていた変態をとっちめたり、引ったくり犯をとっちめたり、火災現場に取り残されていた赤子を救い出したりと、その活躍は枚挙にいとまがないほど。
ハッキリ言って地元の警察よりも信任厚き野良犬、それがボス。
そんなボスの姿を下校途中に、堤防にて見かけたのはミヨちゃんとヒニクちゃん。
「ボスって、なんだか夕陽がやけに似合うよね」とはミヨちゃん。
ボスはお年寄りや女子どもにやさしく、ちょとぐらいテラテラなでられても気にはしない。だがモフモフ系に蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われているミヨちゃんは別。
ぶっちゃけ、不用意に近づいたら、首の頸動脈が危ない。
ピューと人間噴水となりかねないので、前もってフラフラ近寄らないように、しっかりとミヨちゃんの手を握っていたのはヒニクちゃん。
「ところでボスって、どこに住んでるんだろうね」
これは街のナゾの一つとして数えられていること。なんどか子どもや役所の人、あと非番の消防署員や警察官などがプライベートで追跡を試みたらしいのだが、結局、まかれて見失ったという。刑事課の尾行のプロですらがまかれた時点で、もはやお手上げ。
カネと時間を持て余したお金持ちが、ペット専門の探偵を雇って調べさせたこともあるというが、これも空振りに終わっとか。
ミヨちゃんの疑問を受けて、ヒニクちゃんぼそり。だけどその声はあまりにも小さすぎて、ボスの姿に夢中になっていたミヨちゃんの耳にも届かなかった。
「たまにウチの庭にいる」
ボスはバリバリの肉食っぽく見えるけど、あれで実は野菜好き。
だからたまにウチの庭におねだりにくる。で温野菜をごちそうすると、
もりもり畑の土を耕してくれるイヌ型耕運機と化すので、とっても便利。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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