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235 信心
しおりを挟む小学校の社会科見学の一環として、地元の名所なんぞを歩きながら、歴史の足跡などをたどる子どもたち。
学校から子どもの足でも通える範囲に、ぞろぞろと向かうだけなので、遠足とは違って、お弁当もオヤツもなし。
とはいえ教室にこもって、黒板をにらんで、机にかじりついていることに比べたら、ずっと楽しいなので、みんなのテンションは高め。
だけどそのおかげで、担任にヨーコ先生がてんてこまい。
ふらふらする子や列を乱す生徒をとっちめつつ、周囲の安全に目を配り、地域の住人らには「おさわがせしてすみません」と頭を下げて愛想笑い。
「大人はたいへんだ」
ヨーコ先生の奮闘を眺めつつ、そうつぶやいたのは、性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。
三十路手前、独身女教師、現在彼氏募集中。その仕事ぶりに感心しながら、しきりにウンウンとうなずいている。
「だよなぁ。ウチなんて弟ひとりでもたいへんなのに。それが四十人以上とか、ちょっと考えたくないね」
小学校二年生ながらも、頭一つ飛びぬけた高身長。ポニーテールに結わえた髪と短パンからスラリとのびた足が特徴的。運動神経バツグンなサッカー少女のリョウコちゃんが、ミヨちゃんに相づちを打つ。
そんな二人の会話をすぐ側で黙って聞いているのはヒニクちゃん。一日平均百文字前後で過ごす、極端に無口な超省エネ幼女。なので会話には加わらず静かに耳を傾けるのみ。
史跡をめぐる社会科見学は、歴史の欠片すらも残っていない城跡公園という名前の小さな公園に始まり、古い農機具と虚ろな目をした不気味なマネキン人形が展示されている郷土資料館、地元由来の戦国大名の建てたというお寺という経路をたどる。
ヨーコ先生のがんばりもあって、最後のお寺までは、つつがなく行事が進行。
ふだんは一般公開されていないのだが、今回は「子どもらのためならば」と特別に許可された場所。
このお寺はお堂も立派で、一度に百人ぐらいも座れそうな広さがある。
建物を支える磨き込まれた太い柱は、子ども三人が手をつないで、やっとぐるりと回れるほど。天井には見事な竜の絵が描かれており、ぎょろりとにらまれて、思わずビクリ。
紫やら白やら赤やら青やら、色とりどりの垂れ幕。きらびやかでゴージャスな内装。巨大な木魚。教室にはとてもおさまりきらないほどの仏像。
それらを見上げつつ、迫力に「おぉー」とどよめく幼子たち。
ここでは少しだけ自由時間が与えられたので、生徒たちがおもいおもいのところを見学。
山水画から抜け出したような庭に面した長い廊下を、ぶらついた後に、一度建物の外へと向かったのは、ミヨちゃんとヒニクちゃんの二人。
幼女たちは、せっかくだから正面から、ちゃんとお寺を見てみようと考えたのである。
子どもらの脱いだクツが行儀よくならんでいる、上がりかまち。
そこで自分のクツを探していたミヨちゃん。すぐわきに置かれてある白木の四角い箱に目を留めた。
それはクッキーの缶ぐらいの大きさで、中には携帯電話やらボールペン、キーホルダーにハンカチなどが無造作に突っ込まれてある「落とし物入れ」であった。
「あー、これって小学校にもある落とし物ボックスと同じやつだよね」とミヨちゃん。
大勢の子どもたちが集う学び舎には、それだけ多くのモノも集まる。そして子どもはわりとよくポロポロとモノを落とすし、あちらこちらに置き忘れる。校内で拾われたそれらを、まとめてあるのが職員室側に設置された落とし物ボックス。
学校で失くしモノをしたら、まずそこをのぞいてみるのが、生徒たちの常識。
ちょっと行儀が悪いけれども、お寺での落とし物に興味をおぼえたミヨちゃん、中をガサゴソと物色。
すると同じように白木の箱の中をのぞき込んでいたヒニクちゃん。おもむろに口を開いた。
「拾得物を届け出る文化は素晴らしい。だけど……」
ここは人の善性を重んじるお寺。拾って、届け出て、まとめて隔離。
一見するといいことのよう。でも真に人を信じるのならば、そのまま放置。
だって、きっと誰もかってに持ってかえらないハズだもの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
上がりかまちにて、ごにょごにょとしていた二人の女の子。
それを見かけた若いお坊さんが、こう言った。
「あー、それね。うちの信徒さんたちだけなら何も心配いらないんだけど、ここってヨソの人たちも出入りしているから」
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