ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

231 正直者

　
　誠実で真面目な人物が社長を務めていた会社が潰れることに。
　会社の成績は問題なかったのだが、取引先の倒産に巻き込まれたのである。
　時期も悪かった。
　海外で大きな経済問題が発生したあおりにて、世界市場が混乱していたこともあり、どこもかしこも直接、間接を問わずに悪い影響をこうむる。
　みな自分のことで手一杯。社長に同情はするものの、手を差し伸べる余裕がなかった。
　なんとかしようと方々を駆けずり回ったが、どうにもならない。
　従業員らに「すまない」と頭を下げた社長。
　気落ちしたまま、重い足取りにて帰宅する。
　妻にも会社がダメになることを伝えなければならないから。
　それだけではない。自宅も抵当に入っており手放す必要がある。他にも目ぼしい資産はすべて処分して、返済に充てることになるだろう。

　帰宅した社長は、奥さんにありのまま、正直にすべてを包み隠さず伝えた。
　これを聞いて奥さん、顔を真っ赤にして激高。そしてそのまま泡を吹いて倒れて、ぽっくり逝ってしまう。
　どうやらショックが強すぎて、興奮のあまり心臓が衝撃に耐えられなかったみたい。

　弱り目に祟り目。不運には不運が重なるものだと、誰もが思った。
　だけど結果として会社は持ち直すことになる。

「奥さんのホケンで、なんとかピンチをきり抜けたんだって」とミヨちゃん。

　これは彼女の老人友だちの一人の実話。
　社長夫人ということもあり、長年、それなりに贅沢な暮らしを送っていた奥さん。保険もセールスレディに勧められるままに、数社と契約していたらしい。二人には子どもがいなかったので、受取人は互いになっていたそうだが、よもや優雅な生活をしていた自分の方が先に逝くとは思っていなかったことであろう。
　でもそのおかげで社長さんの会社は助かったという、ちょっと奇妙な話を昼休みの教室にて友だちに披露したミヨちゃん。

「へーえ、でもそれってダイジョウブなのか？」

　その気がなくても、相手を驚かせた結果、死なせてしまったわけだし、殺人罪とかで警察に捕まるのではと心配したのはサッカー少女のリョウコちゃん。今度、練習試合にて上級生らにまじってスタメン出場することが内定している。

「そうだよねえ……、ホケン金殺人とかでうたわがれそう」

　多額の保険金をかけて殺害、大金をせしめる。推理モノではすっかり手あかのついた題材。しかし現実でもあいかわらず人気らしい。成功率がどれほどだかはわからないが、ふつうに考えたら、高額になればなるほど保険会社と警察の双方から、徹底的に調べられるから、ずんずん成功率が下がるような気がするのだけれど。
　と言ったのはチエミちゃん。容姿、能力、考え方、その他もろもろが、凡人の域に収まるパーフェクト凡人の彼女は、考え方がわりと打算的。人生にへんな夢は見ないシビアな子。

「どうかしら。話を聞いたかぎりだと、どう考えても不幸な事故でしょう。ダンナさんも会社のことを奥さんに話さないわけにはいかないし。おおかたゼイタクなくらしのせいで、体がダメになってたんじゃないかしら」

　亭主の稼ぎで好き放題していたツケでしょ。とバッサリ切り捨てたのは、アイちゃん。家族がみなファッション関係に従事している影響にて、その道に深い造詣があるクラスのオシャレ番長。近頃では上級生の女子からもアドバイスを求められるほど。
　こと女子に関しては、その影響力は校内屈指になりつつある。

「うん、いちおうは調べられたみたい。でもどこを叩いてもホコリひとつ出てこないから、すぐにうたがいは晴れたんだって」

　常日頃の誠実ぶりが功を奏し、ふつうならば無責任で下世話な噂のひとつでも立ちそうなものなのに、それすらもなかった。それどころかかえって評判となって会社の経営が上向いたと聞いて感心する幼女たち。
　するとこれまで影のようにじっと潜んでいたヒニクちゃんが、おもむろに口を開いた。

「ある意味、似たモノ夫婦」

　会社が倒産。すべてを失うと聞いて、卒倒した妻。
　会社が倒産。すべてを失うかもしれないことを、包み隠さず告白した夫。
　方向性は真逆だけれども、極めて素直な反応だと思うの。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。