上 下
208 / 1,003

208 特別席

しおりを挟む
 
 コヒニ家では、週末に父の実家にお墓参りに家族揃って出かけた。
 その際に飛行機を利用したときのこと。
 父、母、ヒニクちゃんの三人が並んで座っていると、離陸前に、ちょっと騒動が起きた。
 赤ちゃんを連れた若い母親がいたのだが、この赤ちゃんが泣きやまない。どうやら母親の不安を敏感に察したようで、自分も心細くなってしまったみたい。
 そしてその母親をビビらせていたのが、ヒニクちゃんのお父さん。
 二メートル近い偉丈夫。サングラスを着用した姿は未来から来た殺人サイボーグのよう。ならばとサングラスを外したら、タカの目のような鋭い眼光が現れて、初見時の子どもは、もれなく涙ぐみ、最悪、漏らす。
 見た目だけにて周囲が勝手に忖度(そんたく)する男。それがコヒニイサム。
 その正体は妻サユリを愛し、娘のクミコを溺愛する、家族想いのナイスガイ。
 だけど見た目はヒットマン。
 そんな人物がすぐ側にいる……。
 しかも赤ん坊が泣きやんでくれなくて、母親、ぷちパニック。
 何か困っているようなので、「どうかしましたか?」と声をかけたイサム。
 が、親切心がアダとなる。
 母親、金切り声をあげて、機内をおおいに賑わせた。

 騒動と誤解に関しては、出来る添乗員が同乗していたので、ことなきをえたものの、頭ではわかっていても、怖いモノは怖いのが人情。
 顔は真っ青、どうにも震えが止まらない。
 赤ちゃんや母親の精神衛生上、コヒニ家とは距離をとるべきだろうとなったのだが、問題はコヒニ家の、主にイサムの引き取り先。時間も押していることだし、とっとと開いている席に移動させたいところだが、肝心の受け入れ先がみつからない。
 添乗員さんが「おそれながら……」と声をかければ、付近の客らが一斉に顔を、さっと背ける。どれだけ安全だと言われても、トラの檻に平然と入れる猛者なんて、そうそういないのだ。
 ましてやコヒニ一家三人まとめてだと、選択肢は極端に狭まる。
 協議の結果、家族がバラけることで同意。
 父イサムは機内でもっともパーソナルスペースが確保されている、特別な座席へ。
 母サユリは適当に開いてるところに。
 娘クミコことヒニクちゃんは、マニアの間ではプラチナシートと呼ばれている席へ。

 プラチナシート、それは添乗員さんらと向かい合わせになる座席のこと。空飛ぶ制服が大好きな人にとっては、料金を倍払ってでも座りたい場所らしい。
 でも幼女にとっては興味なし。職業的にも憧れが欠片もなかったので、ほぼほぼ通常通りにて地蔵のごとく鎮座。
 ヒニクちゃんのことを、よく見知っている者ならば、それが普段通りだとわかるのだが、初見でコレを見抜くのは、不可能につき。
 また彼女は黙っている分には、お人形さんのように愛らしい。
 添乗員さんたち、「大人の都合により、急に親御さんらと引き離されたから、きっと心細いんだわ」と誤解。やたらと構うことになる。
 構うというか、傅くというか、可愛がるというか、これには幼女も辟易。

 そんな苦行が一時間ちょっと続き、ようやく終わるかと思われたとき、飛行機がちょっと乱気流に入ってしまい、そこそこ揺れた。
 機乗中はずっとシートベルトを外さないヒニクちゃん。小柄で軽量ということもあり、とくに被害もなかったのだが、オトナたちはわりと大騒ぎ。
 これをおさめるために添乗員さんらが奔走することとなった。

「なんだか、たいへんだったんだねぇ。ヒコウキにはのってみたいけど、こわいのはヤダなぁ」

 ヒニクちゃんから週末のお墓参りの話を聞いて、こんな感想を零したのはミヨちゃん。
 月曜日の朝、登校中の道行にて。
 二人はとっても仲良しにて、いつも一緒に下校しているが、登校はあえて別々にしている。
 朝というのは、各々の家庭事情などによって、微妙に生活リズムが異なるから。
 これをヘタに他人に合わせようとすると、どこかにムリが出て、知らず知らずのうちに負担となる。こういう細かいモノの積み重ねが、いずれは人間関係を破綻させるのだが、幼女たちがそんなことを知るハズはない。
 たんに一人っ子のヒニクちゃんと、三人兄妹のミヨちゃんのところとでは、朝の忙しなさがまるで違うということ。洗面所、トイレ、朝食……、なにもかもがごちゃごちゃと慌ただしい、ヤマダ宅。そこに更なる混乱をもたらすなんて、ヒニクちゃんにはムリ。

 家を空けている間、ヤマダ宅にて預かってもらっていたペットのゾウガメのポン太の様子などをミヨちゃんから聞きながら、校門をくぐる二人。
 昇降口の下駄箱にて上履きにはきかえているところで、ポツリとヒニクちゃん。

「墓参りについては、とくに何もナシ」

 安心、安全、大丈夫だから心配しないで。
 やたらと連呼されると、かえって不安になる飛行機。
 あと、とりあえずお父さんとの家族旅行は、当面、無理だと思ったの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

処理中です...