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197 金庫
しおりを挟む大きな公園には、敷地内にいろんな物が落ちている。
ペットボトルや空き缶、雑誌、ダンボール、クツが片方だけあったり、放置自転車やスクーター、たまに家電なんかを捨てられたりもしている。
ここでは管理会社がこまめに見回り清掃をしているので、ほとんど子どもらの目に触れることはないが、それでも、たまに見かけることもある。
幼女二人が、ボール遊びをしていたところ、コロコロと転がって藪の中へ。
奥まで拾いに行ったミヨちゃん。しばらくしてガサゴソと枝葉をかきわけ、出てきたと思ったら、ボールだけじゃなくて、何故だか手さげ金庫を持っていた。
「なんかあっちに落ちてたから、気になって、つい……」
小学二年生でも軽々と持てる程度の重さと大きさ。
ダイヤルとかはついていない。カギ穴がひとつあるだけのシンプルなスチール製。
カギはかかっており、振ってみるとカラカラと音がする。
が、これは小銭の音じゃない。プラスチックとか木片でも当たっているかのような軽い音。
中身が気になったミヨちゃん。ボール遊びを中断して、コイツの開錠作業にチャレンジすることに。
最寄りのベンチに腰をおろし、かぎ穴にヘアピンを差し込み、ごちょごちょ。
子どもの机の引き出しの鍵じゃあるまいし、さすがに、ムリだろうと思っていたヒニクちゃん。
だけど、あっさり、ガチャリと開いちゃった!
小さいとはいえ、ちゃんとした手さげ金庫だというのに。
あまりのことに、目が点になるヒニクちゃん。
まさかの特技を披露したミヨちゃん。ニシシと笑いながら「ハルヤマのおじいちゃんにコツを教わったんだ。あっ、ドロボウとかじゃないよ。カギ屋さんなの」
なんでも、郊外のとある大きなお宅の蔵に、開かずの金庫があったらしく、これを開けようと家主が気まぐれに思い立った。
だが、たんにカギ屋を呼んで、開けてもらうだけでは面白くない。
そこで知り合いらに声をかけて、宴会でもしながら、ワイワイ見物。何がでるやら、みなでおおいに盛り上がろうということに。
ひい爺さんの代に、銀行にあったのを譲ってもらったという、由来のある大金庫。銀行で扱っていたというだけあって、とっても重厚。黒光りする姿は威風堂々。
対するは、この日のために呼ばれた、鍵開け名人ハルヤマさん。老いてますます、その腕は冴えわたっているというレジェンド。
この世紀の対決を見るために集まった物好きは三十九名。その中にミヨちゃんと彼女のおばあちゃんもいた。
半日にも及ぶ激闘を制したのはハルヤマさん。
ドリルでダイヤルの脇に小穴を開けるなんて無粋なマネはせずに、耳と手の感触だけで、ついに大金庫をやっつける。
この作業中に、かいがいしく世話を焼いていたミヨちゃん。仲良くなったついでに、いつの間にやら、いろいろと伝授されていたというわけ。
ハルヤマ名人、「嬢ちゃんは筋がいい」とミヨちゃんを気に入って、「その気があったら連絡をくれ。内弟子にしてやる」と自分の名刺まで置いていったという。
なお金庫の中身は、どうでもいい勲章とか賞状とか、台帳とか古新聞。
お宝こそはなかったが、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。
ミヨちゃんが見事に開けた手さげ金庫の中身は、木のハンコの割れた取っ手と、仕切りのプラスチック。
中身を確認して満足したのか、ミヨちゃん、手さげ金庫を最寄りのゴミ箱にポイ。
仲良しの子の意外な特技を知って、ちょっと驚いたヒニクちゃんが、おもむろに口を開いた。
「埋蔵金に開かずの金庫、お宝が出たためしが、ない」
見返り美人は、後ろを向いているからこその美人。
小野小町も、顔がわからないからこその、美麗歌人。
開けたら消える玉手箱。金庫の夢はそのままが一番だと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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