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165 旅館

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 二両編成のローカル線の旅を終えて、祖母に率いられたミヨちゃんとヒニクちゃんらが降り立ったのは、木造の小さな無人駅。
 壁にはうん十年前の色褪せたポスター。時刻表にある発着予定は、スカスカ過ぎて、表にする意味がわからない。いまどき自動販売機も置いてないぐらいの、寂れ具合。
 あまりにも物悲しい有様に、幼女らが不安がっているところに、ざらざらと砂利を鳴らしてやってきたのは一台の白いワゴン車。
 旅館からの迎えであった。

 朴訥としたおじさんが運転する車にて、山の中腹辺りにある旅館へ。

「思ってたよりも、ずっと立派だねぇ。こいつは当たりだよ。でかした、ミヨ」

 おばあちゃんが、商店街のクジで旅行を当てた孫娘の頭を撫でた。
 三人の前に建つのは、地方に残る豪農の倉持ち屋敷のような、大きな日本家屋。
 派手さや豪華さはないかわりに、歴史の醸し出す風格が漂う。

 仲居さんに案内されるままに、客室へと向かう一行。
 案内されたのは十畳ほどの和室。
 外へと面した障子を開ければ、窓の向こうに美しい渓流があった。周囲の紅葉が川面に映り、まるで川までもが燃えているかのよう。

「こいつは見事だねぇ」
「すごーい」

 祖母と孫娘が感嘆している側にて、一緒に景色に見入るヒニクちゃん。

「まぁ、これを目当てに来てくれる方がいるおかげで、ウチもなんとかやっていけているんですがね」と仲居さん。

 彼女が淹れてくれたお茶をすすりながら、しばし、よもやま話に興じる客と従業員。
 水がいいのか、淹れ方が巧いのか、妙に美味しいお茶に目を細めるヒニクちゃん。
 ミヨちゃんは茶菓子の塩饅頭をパクついている。
 おばあちゃんは仲居さんと、この辺の土地のことや旅館の由来なんぞで盛り上がっている。
 ちょっぴりお客と従業員との距離が近い宿屋。
 民宿よりは上等。かといって旅館ほど格式ばってもいない。ビジネスホテルほど杓子定規でもなければ、一流ホテルほど過剰なサービスでもない。
 古き良き宿の雰囲気が、ミヨちゃんのお婆ちゃんの琴線に触れたらしく、いつになく上機嫌。
 それを尻目に、ヒニクちゃんが手にしていたのは、備え付けられてあった宿屋のパンフレット。
 中には見取り図やら、非常口に通じる経路、付近の観光案内などが書かれてある。
 と、その視線が、ある箇所で止まる。見取り図の中にある角部屋に「特別室」なる文字が。これに興味を覚えたヒニクちゃん。
 くいくいと、おばあちゃんの袖を引く。

「うん、なんだい? えーと『特別室』とはまた大層な名前だね。こんなのがあるのか」
「ええ、わりと好評なんですよ。なんだかんだで予約がちょくちょくと、ね」

 祖母の言葉に答えた仲居さん。何やらワケありなのか、その顔がちょっと笑っている。
 なんとも意味深な態度に小首をかしげる一行。

「わかった! お化けがでるんだ!」とミヨちゃん。迷推理が炸裂するも、ハズレ。
「豪華な部屋だとか、エライ人や有名人が泊まったとか」とおばあちゃん。極めて良識的な答えを披露するも、これもハズレ。

 ここで仲居さんからヒント。「あの部屋は主に新婚さんとか、夫婦客に人気です。部屋の造りは他と変わりません。それどころか、他よりも一段悪いです。なにせ元は蒲団部屋だったのを改造したものですから」

 奥まったところにあり、窓からステキな渓流も見えないし、陽も差さないから終日陰気、温泉に行くのにも遠くて不便。と悪い条件ばかりが重なった場所。
 それゆえにずっと人気がなかったのだが、あることをした途端に、一躍、予約の取りづらい部屋になったのだとか。
 これらを聞いたヒニクちゃんが、おもむろに口を開く。

「わかった。きっとアレが、ない」

 かつて、テレビが娯楽の王様と呼ばれていた時代があった。
 すでに時代の変遷とともに、王座は陥落しているけれども、
 アレがないと、夜がやけに静かで長く感じると思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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