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141 ときめき
しおりを挟む少しだけ強めの風が吹いて、枝が揺れたひょうしに、葉っぱが一枚、ひらりと落ちた。
その様子を教室の窓辺にて、ぼんやりと眺めていた女の子。
「ふぅ」
本日、三十八回目のタメ息をついたのはミヨちゃん。性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているけど、なんだかんだでみんなから好かれている小学二年生。
日頃は快活で、コロコロとよく笑う幼女が、切ない吐息をくり返す。
それを近くでずっと数えていたのはヒニクちゃん。極端に無口な性質の能面女子。一番の仲良しのこんな調子に、わりと平然としているのは、その原因の想像がついているから。
ミヨちゃんは自他ともに認める少女マンガ好き。もらいモノが大半ながらも、かなりの量の蔵書が、自室の押し入れを占拠している。
そんな幼女は、つい先日、ご近所の女子大生のお姉さんから一冊のマンガをもらった。とある作家の短編集なのだが、これが秀作ぞろいにて、ミヨちゃん、おおいにキュンときた。
「はぁ」
それが三十九回目のタメ息を誘発。
この分では五十の大台を越えそうだと、密かに考えているヒニクちゃん。
するとミヨちゃん、窓辺にもたれかかり、憂いを帯びた横顔にて、「わたしもトキメキがほしい」
親友の切実な願いを受けて、ヒニクちゃんが動く。
ミヨちゃんをともなって、校内のある場所へと移動。途中にて、ちょうどお手洗いから戻ってきたアイちゃんも、なんとなく好奇心に負けて合流。そして彼女は激しく後悔することになる。
なぜなら三人が向かった先は、校舎の正面入り口から最上階の四階まで通じる大階段だったから。
ここまで来て、まさかの階段全力ダッシュ。
わけがわからないまま、後ろからヒニクちゃんに追い立てられるミヨちゃんと、アイちゃん。無言で猛然とせまる能面女子は、知り合いでもけっこう怖い。
安全のために閉鎖されている屋上入り口手前まで、一気に駆けあがり、すっかりヘロヘロの二人。
「ぜぇ、ぜぇ、……な、なんなのよ。いったい」
「足が、足が、ぷるぷるする。あとムネがくるしい」
四つん這いになって、青息吐息なアイちゃん。産まれたての子鹿のようになって、自分の胸元を押さえているミヨちゃん。
ヒニクちゃんはわりと平気。そしてポツリとひと言。
「どう? いま、ドキドキしてる」
男は刹那を楽しむ、恋の短距離選手。
女は長いこと恋に恋する、長距離選手。
一度、完走するとハマりやすいのは、マラソンの方だと聞くけど。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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