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128 酷評
しおりを挟む人口のわりには、やたらと大きな庁舎が無駄に威風を放っている市役所。
そんな庁舎の1階は、北と南の二つのブロックに分かれており、正面入り口に面した北ブロックには、各種相談窓口が軒を連ねており、連日、朝から晩まで多くの市民がこちらを訪れて、つねに賑やかであった。
だがそのフロアの先にある南ブロックにまで足を運ぶと、先ほどまでの喧騒とはうって変わる。歩いていると、フロア中に響き渡る自分自身の足音にまるで追いかけられているかのような、錯覚を覚えるほどの静けさ。
こちらの南ブロックは、普段は人っ子ひとり近づかない空間なのだが、事前に申し込んでおけば、市民ならば誰でも利用ができる多目的フロアとなっており、このスペースを使って、ちょっとした演奏会や朗読会、それから美術品の展覧会などが、まれに催されていた。
本日は、そんな多目的フロアの一角で市内で活動をしている絵画サークルによる作品の展覧会が行われており、サークルのメンバーやその関係者、一般客などでちょっとした賑わい。
壁に展示された作品は、サイズもモチーフもタッチも画力もバラバラ。
あるものはデッサンの定番であるテーブルの上に置かれたリンゴを油絵で描き、またあるものはヨーロッパの街並を思わせる風景を水彩画で描いており、なかには見た人が全員、思わず小首をかしげるような珍妙な抽象画もあった。
実に個性豊かな絵画が、来場客たちの目を愉しませる素人画家たちによる展覧会。
その会場に紛れ込んでいた二人の小学生の女の子。
壁に掛けられた奇妙な抽象画を前にして、キャラメル色のくせっ毛の頭を右へ左へと揺らしげながら、頭の中にハテナのマークをいっぱい浮かび上がらせている女の子。
生来の性格の良さが災いしてか、なにかと級友たちから雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。
そんな彼女の隣で同じように、その黒髪の頭を右へ左へとかしげながら、頭の中にハテナのマークをいっぱい浮かび上がらせていたのが、クラスでも無愛想で通っているのだが、ここぞという時に、あまりにも辛辣な毒を吐くので級友たちのみならず、先生たちからも密かに恐れられているヒニクちゃん。
二人の女の子たちの小首を左右にコキコキさせていたのは、大きな抽象画。
四十号ものキャンパスに描かれた超大作。
苔むした水槽のような緑の一面に、あちらこちらに大小無数の波紋が浮かんでおり、それらの中央には、無造作に投げ出された内蔵のような肉の塊っぽい、ピンク色の物体が転がっている……。
これだけでも少女たちを困惑させるには充分すぎるのに、
作品のタイトルが『糸満乙女(いとまんおとめ)』
絵の下の作品説明によると、糸満乙女とは沖縄の糸満という地で、魚売りを生業としている女性たちのことを表すらしい。
「どういう意味なんだろう? どうしてコレが乙女になるの」
隣にいるヒニクちゃんに、ひそひそと小声でたずねるミヨちゃん。
ヒニクちゃんはこの素朴だが真っ当な問いかけに、ただただ黙って、静かに首を横に振るばかり。ちらりと側にいた背広姿の男性を見上げたら、ツイと視線をそらされた。
どうやら見た人を困惑させるという点においては、大人も子どもも関係ないようである。
二人が抽象画を前にして、このようなやり取りをしていたら、なにやら会場の一角が、がやがや騒がしくなる。
何事かと視線を向けると、そこには今回の展覧会に参加した絵画サークルのメンバーらしき人たちが、お互いの作品を眺めながら、お互いに褒めあっている光景があった。
このタッチはスゴイだとか。あの表現は素晴らしいだとか。視点が斬新だとか。
なんとも空々しいほどのお世辞の言葉に、とってつけたかのような論評の応酬。
芸術の場にすら持ち込まれる、大人の悲しい社交辞令の数々。
これを耳にして、ミヨちゃんが何の屈託もなく「へえー、なるほど。あの絵ってそんな意味があったんだぁ」と感心している。
すると、おもむろにヒニクちゃんが、閉じていたその口を開いた。
「腕の悪い芸術家ほど作品を褒めあうって、誰かが言ってた」
芸術とは何か? 答えは人のエゴイズム。
あといかなる天才でも、生きてるうちは死後の自分の作品を越えられない。
死んだら価値があがるだなんて、当人たちも心中複雑だと思うの。
……なんぞとコヒニクミコは考えている。
※エゴ = エゴイズム。自分勝手、わがまま、利己的の意味。
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