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110 経歴

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 下校途中のこと。
 ぶーんと飛んで来たカマキリが、ピタっと肩にとまったのはミヨちゃん。とたんに固まる小学二年生。
 彼女はモフモフに嫌われる星の下に産まれた不幸な女。そのかわりに魚類や虫類には異様に好かれる体質。だからとて、当人がスキになるわけじゃない。そこそこの都会っ子を自負しているミヨちゃんは、あまり昆虫が得意じゃない。かといって心優しいがゆえに、これを邪険に払いのけることもできない。
 虫の脚って、かぎ爪みたいになっていて、服の繊維とかにくっつくと、なかなか離れない。無理をしたらミチっともげそう。いくらなんでもそれは可哀想すぎる。
 結果として、身動きがとれなくなってしまう。
 ミヨちゃんが涙目でうったえたところで、ヒニクちゃんが動く。

 カマキリ対一日百文字前後で生きる幼女。
 シャーッと鎌をあげて威嚇するカマキリ。のびてきた指先に打ち下ろす仕草をとる。これにはたまらず手を引っ込めるヒニクちゃん。
 と、見せかけてもう一方の手にて、素早く背後をガッチリキャッチ。
 ジタバタと暴れて抵抗するカマキリを、問答無用でリング上から引きずりおろし、そのまま最寄りの茂みにポイ捨て。
 勝者、ヒニクちゃん。
 ピンチを救ってもらったミヨちゃんが親友に抱きつく。

 こんな感じでいつものように、きゃっきゃとハシャギながら二人して下校していたら、幼女らの前を黒い霊柩車が通過。
 とたんに口をつぐんで、自分の親指を握り込む幼女たち。縁起担ぎだ。
 迷信の類なのはわかっているが、クセになっているので、ついついやってしまう。
 角を曲がって、車の姿が完全に見えなくなってから、ミヨちゃんが言った。

「そういえば、このまえ、『伝説の経営者』とかいう人が亡くなったって、ニュースでやってた」

 どんなに世の中が不況になろうとも、どんなに会社の経営が苦しくなろうとも、社員の首を切らなかったので有名。安易なコストカットやリストラが当たり前の時代の流れに抗い続け、どこまでも社員らと寄り添い、苦楽を共にして、なんだかんだで会社を世界に冠するまでに成長させたこともあり、政財界を問わず、その偉業を讃える声が大きい。現代の立身伝の人物とされている。
 そんな御仁にも関わらず、告別式は近親者のみで、しめやかに行われた。
 彼が社員たちに残した最期の言葉が「オレの葬儀? そんなもの、来なくていい。それよりも仕事しろ。お客様を待たせるな」だったという。
 今度、この人をモデルにしたドラマが放送されると知って、「すごいよねぇ」と感心するミヨちゃん。
 すると長らく閉じていたヒニクちゃんの口が、おもむろに開いた。

「リストラ、本来の意味は再構築」

 バカが路頭に迷うと何をしでかすかわからない。
 ニュース沙汰になると、元○○の経歴が丁寧に表示される。
 優秀な人材が揃っていたら、そもそも経営が不安定にはならないと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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