上 下
101 / 1,003

101 やり手

しおりを挟む
 
 くり抜かれたような山間部にある集落。そこをぐるりと囲むかのように、幾層にも連なるのは棚田。緑のあぜ道が境界となって、いくつもの水田が隣り合う。「ピーヒョロロロ」とトビが鳴く。
 よく晴れた日、青空を流れる雲を、鏡面のように鮮やかに映した田園風景。
 これを前にして、思わず子どもたちも言葉を失った。
 やんちゃな子らをも黙らせたのは、全国の名景百選にも選ばれたことのある場所。
 本日は学校の行事にて、朝からこちらにお邪魔して、米作りの体験学習。
 素足にて泥にまみれつつ、実際に田植えを手伝い、お昼には自慢のお米で握ったおにぎりをいただく。秋には収穫された新米が届くという、嬉しいオマケつき。

 農家のおじさんおばさんらに、みんなで元気よく挨拶をしてから、さっそく水田へ。
 はじめはヌルっとした泥の感触に戸惑っていた子らも、じきに慣れてはしゃぐ。
 顔に泥をつけながら、指導に従って、稲を一本一本、手で植えていく。
 うーん、と唸って腰を伸ばしたのはミヨちゃん。
 中途半端な前かがみの姿勢が、腰にくるのに老いも若いも関係ない。ゴキリとくるときには、くる。だから定期的にそうするようにと、事前に注意を受けていたのである。
 ギックリ腰の恐怖については、知り合いの年寄り連中から、散々に聞かされているので、ミヨちゃんの用心は人一倍であった。
 隣にて同じように胸を反り、背筋をのばしていたのはヒニクちゃん。家でもペットのゾウガメのために、葉物野菜などを育てているせいか、わりとこの手の作業が好きな彼女。キビキビとした動きにて、黙々と田植えに取り組む小さな背中。
 これに舌を巻いた指導員の老人が、密かに「手植えの小鬼」なんぞと命名していたとは露知らず。

「あれ?」ミヨちゃんが顔を向けた先には、大きな観光バスが鈴なり。ぞろぞろと降りてくるのは外国の人たち。景色に感動したのか、喜色の表情にて、異国の言葉が飛び交い、静かな里山に、カメラのシャッター音がパシャパシャ響く。まぶしいフラッシュの花が咲き乱れ、賑やかさを増す。

「ああ、アレは観光客さ。昔は人なんて寄りつかなかったのに、国の名景百選に選ばれたとたん、映像が勝手にインターネットで拡散して、今ではこの通りさ」と指導員のおじさん。
「おうおう、おかげで、カラスやサルもこんで助かっとるわい」とは長老格の言葉。
「じゃあ、もう、さみしくないねえ」

 ニパッと笑って、ちらりと白い八重歯がお目見え。これまで数多のお年寄り連中のハートを撃ち抜いてきたミヨちゃんスマイルが炸裂して、長老轟沈。「うちの孫の嫁にこんかのぉ」と言い出したところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「地域活性。一石三鳥」

 景色にて、ちょっとした観光地化でウハウハ。
 人が来るのでカラスやサル、イノシシが近寄らなくて、案山子や電気柵いらず。
 ちびっ子らの体験学習にて、労働力不足も解消。おかげで溜まる一方だと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...