ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

90 とある境地

　
　公園のベンチにて、知り合いのおばあちゃんからもらった、黒糖の麩菓子を相手に奮闘する二人の女の子。
　自分の二の腕ほどもある大きさに苦戦しているのは、ミヨちゃん。これだけの大物、せっかくだから、端っこからきちんと食べたい小学二年生。
　隣で容赦なく叩き折った麩菓子を、二刀流にて、むしゃむしゃと豪快に食べていたのは、ヒニクちゃん。彼女は過程よりも結果を重視するドライな小学二年生。仲良しのミヨちゃんのこと以外には、かなり割り切れる女。

　二人が座っているベンチの正面には砂場があり、ただいま「劇団ちびっこ」による、迫真のおままごとが上演中。
　台本のない即興劇。とてもアドリブとは思えない自然なやりとり。リアルな設定の中にユーモアもあり、まるで人生の縮図が詰まったかのようなステージは、見る者を惹きつける。
　ゆえに公演を見つけたら、こっそりと観衆にまわっているミヨちゃんとヒニクちゃんなのであった。

「あぁ、もうげんかい！　あなた、わかれてください」

　奥さん役の子が癇癪を起し、それを懸命になだめようとする夫役の子。
　熟年夫婦に訪れた離婚の危機。
　日頃のうっぷんが溜まっていたらしく、そこから奥さんの怒涛の愚痴が続く。長台詞を一切かむことなく、よどみなく言い切った女の子。
　圧巻の演技に、思わずミヨちゃんたちも小さな拍手を送る。
　どうやら本日の劇のテーマは、この頃ちょっと話題の「夫源病」らしい。
　夫のやることなすこと、存在そのものがストレスとなって、妻が体調不良になるという症状を指す言葉。
　おかげで世の旦那衆が、ますます肩身が狭くなっているそうな。
　一家団らんのリビングにて、この話題をとりあげたテレビ番組が放映されるやいなや、ちょっと妙な空気になったのを、ミヨちゃんもよく覚えている。
　子どもながらに、これはうっかり触れちゃいけないと察して、口をつぐむ。老人と接する機会が多いせいか、その辺の駆け引きが、妙にこなれているミヨちゃんなのである。

「いっしょにいたらダメ。わかれたらオカネがたいへん。どうすればいいのかな？」

　友人のつぶやきを受けて、ヒニクちゃんがおもむろに口を開く。

「ガン、エイズ、カゼ、夫源病、四大疾病に特効薬はない」

　夫源病、とにかく夫のやることなすことが気に入らない。
　婦源病、とにかく妻のやることなすことが気に入らない。
　夫婦病、色々あり過ぎて麻痺。悟りの境地へと至る。もう腐れ縁だと思うの。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。