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70 演技
しおりを挟む「ここは拙者が引き受けます。姫は本懐を」
陰謀の果てに、無念の最期を遂げた主君。
その忘れ形見の姫君と苦楽を共にするうちに、芽生える淡い想い。だが二人は主従の間柄。使命と恋心の狭間で揺れながらも、己の想いにふたをして、ただ一振りの刃として生きることを選んだ男。お互いを想い合っているのに、結ばれることはない。
仇を目前にしての場面にて、多勢相手に大立ち回りを演じた挙句に、壮絶な立ち往生を遂げる男。
そんな不器用で真っ直ぐな侍を好演した俳優が、この度、その絶大な人気を背景に見事にトップ当選にて、政治家へと華麗に転身した。
彼の出世作となった時代劇のDVDを、熱心に見ていたのは二人の女の子。
性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。祖母と同居している影響か、小さな頃より、時代劇に接する機会が多かったので、魔法少女よりも、クノイチを好む渋い小学二年生。
一緒になってお茶受けに出されたせんべえを、ボリボリしながら画面に喰い入っていたのはヒニクちゃん。もちろんこれはあだ名。本名をコヒニクミコというが、色々あって、この呼ばれ方がすっかり定着してしまった子。
二人は大の仲良し。今日はミヨちゃんの家で、名作映画の上映会としゃれ込んでいる。
画面の中では、いよいよ物語が終わろうとしていた。
なんとか本懐を遂げた姫。しかし自分も致命傷を負ってしまう。意識が朦朧とする中で、向かったのは、残してきた愛しい男のもと。だけど、あともう少しというところで、力尽きてしまう。
最後の力を振り絞ってのばした指先が、虚しく宙を彷徨い、ポトリと落ちた。
ほんのちょっと、だけど、決して届くことはない距離。
二人の悲しい関係を暗示しているようなラストシーンにて、映画は幕を閉じる。切々とした音楽が流れ、スタッフロールへ。
「うぅ、姫さま、かわいそう」
ミヨちゃん、鼻を真っ赤にして、ハンカチ片手に号泣。
ヒニクちゃんもテッシュにて目頭を押さえている。
しばし映画の余韻に浸りつつ、二人は作品について語り合う。
とはいっても、極端に口数の少ないヒニクちゃんはうなずくばかり。ほとんど一方的にミヨちゃんがおしゃべりしているのだが、これが二人の日常。
ひとしきり盛り上がったところで、つくづく思うのは、俳優さんが政治家に転身してしまったこと。
「ヒット作もいっぱい。人気もスゴイのに、もったいないよね。どうして役者、やめちゃったんだろう」
世間にも惜しむ声は多いと聞く。ミヨちゃんもそうだが、彼女のおあばあちゃんも「もったいない」と言っていたそう。
すると長らく閉じられていたヒニクちゃんが、おもむろにその口を開いた。
「ところ変われば評価も変わる」
名演、怪演、好演、熱演、奇演、迷演……。
キャンパスに描けば絵画、トイレの壁に書けば、ただの落書き。
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……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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