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58 素人芸
しおりを挟む正面に立つと、まるでコンクリートのブロックを横にしたような形の大きな建物と、縦にしたような建物が、連なっているように見える。
ここは国道に面したところにある市役所。
手前の建物が旧館。後ろのが新館。本来ならば新館が完成した後に、すべての機能をそちらに移行する予定であったのだが、なんだかんだで旧館を惜しむ声があり、ときの市長がモメるのを嫌がって、両方使うという玉虫色の決着を敢行。「だったら新館、いらなかったんじゃないの?」などという不都合な真実には目をつぶり、現在に至っている。
行政サービスを求めて殺到する人々で、賑わう一階フロア。
その片隅にて、きちんと整列して係の人の誘導に従っていたのは、ミヨちゃんがいるクラスの生徒たち。今日は社会科見学にて、市役所にやって来ている。
職員らの仕事や議会の様子なんぞを見学するのだが、ぶっちゃけ小学二年生には面白くもなんともない。一番盛り上がったのは、出迎えてくれた市のゆるキャラの着ぐるみが登場したところであろう。
着ぐるみが姿を消したとたんに、子どもたちのテンションも目に見えて、だだ下がり。
あまりの脱力具合に担任のヨーコ先生もおろおろ。
「サイトウのおじさんも、たいへんだね」
ミヨちゃんに同情されて、苦笑いを浮かべたのは、案内係の広報のおじさん。
市役所の広報担当にして、素人落語家として、地元では知る人ぞ知るといった男性。
老人会の集まりにて芸を披露した際に、たまたま居合わせたミヨちゃんとヒニクちゃんは、すっかりサイトウさんのファンになって、市内での公演の際にはかならず駆けつけているほど。
お年寄りの耳でも聞き取れるようにとの、配慮がなされた語り口とテンポ。素養がなくても理解できるようにと、現代風にアレンジされた内容。小さな子どもでも笑えるポイントが多くて、老若男女を問わずに好評を博している。
そんなお人をしてさえ、苦戦させられる社会科見学。
元ネタがつまらなさすぎて、アレンジのしようがないのである。
それでもなんとかダマしダマしで予定を消化していくのは、さすが。
一行が議会場を見学しているときのこと。
「ここでは、どれくらいの人がはたらいているの?」
議長席のフカフカの椅子に腰かけて、お尻の感触を確かめていたミヨちゃんが、ふとそんなことを口にした。
サイトウさんがぼそり「せいぜい二割ぐらいかなぁ」
この答えに「ぶふっ」と吹き出したのは、ヨーコ先生とヒニクちゃん。
ミヨちゃんは意味がわからずにキョトンとしている。コテンと小首をかしげた際に、キャラメル色のくせっ毛の先っぽが、ピョコンとはねた。
珍しく人前にて、くつくつ笑うヒニクちゃんが、おもむろに口を開く。
「議会はネタの宝庫」
人の話に、真剣に耳を傾ける人が議員になるんじゃない。
人の話を、殊勝な顔をして聞いてない人でもなれるのが、議員。
サイトウさんのこんどの独演会には、ぜひとも参加しないと。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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