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19 愛と友情
しおりを挟むバケツでじゃぶじゃぶ濡らした雑巾をかたく絞り、机の表面を一つずつ丁寧に拭いているのはヒニクちゃん。
もちろん、これはあだ名。本名のコヒニクミコをもじったもので、気がついたらこの呼び方がすっかり定着していた。
クラスでも無愛想で通っているのだが、ここぞという時に、あまりにも辛辣な毒を吐くので、級友たちのみならず、先生たちからもちょっぴり恐れられている小学二年生。お人形さんのような愛らしい見た目にて、気になっている男子がそこそこいるらしい。
ヒニクちゃんは拭き掃除がわりと好き。どんどん汚れがとれて、キレイになっていく姿は気持ちがいいと考えている。だから掃除当番もマジメにこなす。
花瓶の水を入れ替えにいっていたミヨちゃんが戻ってきた。
一心不乱に目の前の汚れと向かい合うヒニクちゃんとは対照的に、教室内は賑やか。
男子がモップ片手にふざけてはしゃぎ、女子が怒って注意をする。そしてモメる。
放課後の教室では、お馴染みの一幕。
「そういえば……」
飽きもせずにモメているクラスメイトらを尻目に、ミヨちゃんが話題にしたのは、ご近所の若夫婦のこと。
いまどき珍しく派手な夫婦ゲンカをやらかすことで、ちょっと有名。
どたんばたんと激しい物音が響き、ガチャンとガラスの割れることも。それはそれは壮絶な修羅場となる。
だというのに、そのケンカの原因がなんとも愛らしい。
癇癪を起している奥さんが「男友達とつるんでばかりいないで、もっと自分をかまえ」なんて言うもんだから、これには旦那も困り顔。「男には男のつき合いがあるんだ」と諭したところで、イヤイヤする奥さん。
散々にやらかした後で、結局は丸く収まる夫婦。
なんだかんだで惚気ていると、周囲は呆れつつ苦笑い。
「すごいんだよ。めざましが、ビューンって空をとぶの」
身振り手振りにて話しながら、コロコロと笑うミヨちゃん。そのたびに小さな八重歯がちらちら。
その顔がかわいいと男子たちの間で評判になっているのを、彼女は知らない。
するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「つるむのはしようがない。友情は育てるのに手間と時間がかかる」
「それは愛情も同じじゃないの?」
「そっちはわりと簡単」
誕生日のプレゼント。結婚記念日の花束。
お土産のケーキに、「ありがとう」の言葉。
ほら? 簡単でしょう。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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