冒険野郎ども。

月芝

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199 めぐる季節

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 俺たちパーティー「オジキ」が、ギサの海にある英知の塔を訪れてから、早や三年の歳月が過ぎようとしている。
 そろそろ四十に手が届きそうな年齢となり、さすがにカラダがキツクなってきた。
 世間一般ではまだまだ壮年とされるも、冒険者の年齢と一般人のそれとでは意味合いがかなり異なる。
 常に危険に身を置き、死と隣り合わせの環境。酷使を続けた肉体に蓄積された疲労やダメージ。蝕まれた節々が、ことあるごとに「しんどい」と不満をもらす。
 もともと三十前後で引退する者がどっと増えるこの業界。
 今のところはまだ知識や技術、経験などでカバーできているが、それとてもじきに限界を迎えるだろう。

  ◇

 この三年の間にいろんなことがあった。
 エイジス王国のヴァルトシュタイン王が中心となり、来たるべき時に備えて着々と準備が整えられている。
 はじめのうちこそは「世界の危機なんぞ世迷言だ」とバカにしていた連中や、王の野心を疑い警戒する国もあったが、商連合のみならず、北のドランシエグ島にて獣人(ケモノビト)らを統べる獣皇および、南大陸ミスルバードの昆虫人(ムシビト)の主だった指導者らが率先してヴァルトシュタイン王に賛同する旨を表明し、風向きがいっきにかわった。
 けれどもこれらはあくまで公にはされていない。
 民は何も知らず、日々の営みを送っている。
 知らせたとて余計な不安を煽り、市場の混乱とパニックを起こすだけだからとの上層部の判断。
 この判断が正しいのかどうかは、俺にはわからない。

 静かに胎動する世界。
 その片隅にて、俺たちは俺たちにできることを続けているうちに、気がつけば第二等級へと昇格していた。
 第一等級は別格にて、凡人ではけっして到達しえない人外の領域。
 だから第二等級は俺のような一介の冒険者にとっては、最高到達点となる。
 超一流の冒険者の証。
 ガキの頃からずっと夢見て、目指してきた場所。
 ……そりゃあ、よろこんださ。
 年甲斐もなく空飛ぶクジラ亭にて、キリク、ジーンとどんちゃん騒ぎ。
 ダグザやミリダリア女史、マリルやルクティ、ガンツにシスターケイト、ラグメンツさんまでお祝いに駆けつけてくれて、いつの間にかアトラと緑色のスーラまでしれっと宴席に混じっていた。
 かつて経験したことがないほどに、浴びるほどに酒を飲んだ。
 べろんべろんに酔っぱらって、どうやってホームの自室に戻ったのか、まるで覚えていないほどに。

 ちゅんちゅんという小鳥のさえずり。
 目覚めたら、となりに裸のアトラがいた。
 幸せそうな顔にて安らかな寝息をたてている。彼女を起こさないように、そっとベッドを抜け出し、俺は廊下へ。
 顔でも洗っていったん落ち着こうと考えたのだが、廊下へ出たとたん、キリクとジーンにばったり遭遇。
 互いの顔を見るなりわかってしまった。
 各々が同じような状況に置かれているということに。
 固い絆で結ばれたパーティーに言葉は不要。ただうなづき合うだけでいい。
 おっさん三人は無言のまま浴場へと向かい、仲良く朝風呂につかる。
 しばし湯に身をゆだね、のんびりゆったり。
 ほどよくココロとカラダが温まったところで、ようやく俺は口を開いた。

「俺はアトラとだ。そっちは?」
「わたしはマリル」とジーン。
「オレはルクティ」とはキリク。

 で、どうしてこんなことになったのかというと……。
 俺がずっとアトラと文通を続けている一方で、キリクは何かとルクティの相談にのったり、請われるままに指導をしたりしているうちに親密に。
 ジーンはときおりマリルに頼まれて、ギルドの資料や帳簿作成を手伝ったり、勉強を教えたりしているうちにといった具合に。
 ぶっちゃけ男と女の仲へと発展する素地はあった。
 自惚れでもなんでもなく、相手から好意を向けられていることにも、自分が少なからず好意を抱いていることにも、とっくに気がついていた。
 それでも自分たちの年齢や、これから世界に起こるであろう苦難を理由に、あえて気づかないふりをしていた。
 いや、それは言い訳に過ぎない。
 キリクとジーンの二人は知らないが、少なくとも俺は怖かった。
 誰かを好きになり、また失うのが。
 捨てられ、置き去りにされるのが、たまらなく怖かったんだ。
 だから大人のふりをして、それっぽい建前をかざし、真っ直ぐに向けられる想いからずっと目をそらし続けていた。
 前衛職にして盾使いにあるまじき弱腰にて、なんとも情けない限り。
 けれども、それもここまでのようである。

「にしても、いい歳をしたおっさんが、そろいもそろって……」

 我ながら、ちょっと呆れている俺ことフィレオ。

「ひと回り年下の若い娘と懇ろになるとはなぁ」

 バシャバシャ湯で顔を何度も叩くジーンのそれは照れ隠し。

「パーティー『オジキ』の悪名、ここに極まれり。だな」

 ベテランが初心な娘をたらしこんで、手をつけた!
 なんぞというウワサが、きっと都中を駆け巡るだろうと不吉な予言をするキリク。
 まぁ、結果だけ見れば本当のことだから、これまた言い訳のしようもない。
 俺たち三人は鼻下まで湯に沈み、ぶくぶくと泡を立て、しばし反省。
 それから誰とはなしに、くつくつと笑い出した。

  ◇

 俺とアトラ、キリクとルクティ、ジーンとマリルの三組は、いっしょに教会でシスターケイトの祝福を受けて、結婚した。
 世間的にみれば「責任をとった」という形になるのだが、実際には押し切られたというのが正しい。
 それでも「たいへんな時なのに」との考えは、ずっと俺たちの頭の片隅にあった。
 すべてを承知している第一等級冒険者であるアトラや、ギルドの職員であるマリルはともかく、唯一世界を巡る情勢について何も知らなかったルクティ。
 俺たちは事前にルクティへ、現状とこの先に待ち受けるであろう苦難の時代のことについて伝える。
 するとルクティは、怯むどころか逆にチカラ強く拳を突き出す。

「こんな時だからこそです」と。

 先のことは誰にもわからない。でも真に大切にすべきは今、この生ある一瞬一瞬である。その積み重ねこそが、より良い明日へと繋がるのだから。
 ルクティの言葉に俺たちは、ハッとさせられた。
 ややもすれば刹那的で短絡的な冒険者の思考。
 けれどもいつしか俺たちが忘れていたことでもある。
 冒険者が暗闇の向こうを恐れて、萎縮してどうする? 未知へと飛び込み、新たな道を切り開いてこその冒険者だというのに。
 女たちはとっくに覚悟を決めている。
 なおも煮え切らないのは男ばかり。
 後輩に尻を蹴飛ばされた俺たちは、もう笑うしかない。
 かくして、少しばかり増改築が施されたホームにて、三組の新婚による共同生活が始まった。


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