冒険野郎ども。

月芝

文字の大きさ
上 下
178 / 210

178 囚われた紅風

しおりを挟む
 
 心配そうに足下をうろちょろしている緑色のスーラを「邪魔だ」と蹴飛ばしたアトラ。
 どうやらカラダを乗っ取られてしまったらしい。
 それを成した喪服の女は隣で、へらへらと不快な笑みを浮かべている。
 不測の事態を前にして、パーティー「オジキ」は臨戦態勢を取りつつ、小声でやりとり。

「何か狙いがあるとは思っていたが、よりにもよって……」
「いきなり最強の切り札を奪取するとか、インチキにもほどがある!」
「しかもあの様子では、しばらく二人体制が続くようだな」

 四対一の局面が、いきなり三対二になり、両陣営のチカラ関係がいっきに相手側に傾いた状況。
 戦力差は歴然にて、もはやおっさんたちの命運は風前の灯火。
 かと思われたのだが、俺たち三人はそろって「あれ?」と少し首を傾げていた。

「アトラを奪われたのは痛い。正直なところ、どうやって対処していいのかまるで見当もつかない。けど気のせいかな? 最初に遭ったときよりも……」

 俺は喪服の女から視線を外さずに、感じたままのことを口にする。
 そうしたらキリクとジーンが「自分も」と言い出す。 

「あー、それはオレも感じていた。なんていうか圧力が減ってる? 謁見の間で対峙したときなんて、ぶっちゃけ足がすくんじまって動けなかったけど、いまはソレがない」とキリク。
「確かに。わたしもずいぶんと威圧が縮んだような印象を受けていた」ジーンもうなづき肯定。「もしかしたら二つに分かれたことで、一時的に弱体化しているのかもしれん。だとすれば、いまならば、まだつけ込む余地が残されている」

 戦力分散の愚については、古今東西の戦いを扱う書物にて、くどくど説かれてある。
 けれどもそれと同様に、敵戦力を分散しての各個撃破の有益性もまた、くどいほどに記述されている。
 喪服の女と操られているアトラを引き離すことに成功すれば、わずかなりとも勝機が見い出せるかもしれない。
 とのジーンのご意見に、俺たちは賭けてみることにする。
 そして肝心の役割分担なのだが、俺ことフィレオがアトラの相手をし、キリクとジーンが喪服の女と闘うことになった。

  ◇

 喪服の女とアトラを中心に据えて、ゆっくり両極へとわかれて移動していく俺たち。
 こちらの布陣をひと目見て、意図を悟ったらしい喪服の女が「ほぅ」と少しばかり感心した声をもらす。

「あら、そういう趣向なの。いいわよ、付き合ってあげる。だからせいぜい、わたしを楽しませなさい」

 己のチカラに絶対の自信があるのか、喪服の女が悠然とキリク、ジーンに向き合う。
 それと同時に右目に黄光を宿したアトラが、俺の方へと向かって歩きだした。

  ◇

 唐突に走り出すアトラ。腰の辺りにまでのびた藍色の長い髪が後方へとたなびく。
 二歩、三歩と軽やかにタンタンと跳ねたかと思ったら、四歩目でいっきに加速。
 瞬時に間合いを詰め、迫る勢いのままに刺突を放つ。
 俺は盾で初撃を受け流す。
 金属と金属がこすり合うことで発せられるギリリという不快な音。火花を散らしながら盾の表面を滑っていく刃。
 アトラは足を止めることなく、そのままの速度で目の前を駆け抜けていった。
 俺がこうやって正面からアトラの剣を受けるのは二度目。
 かつてエイジス王国内、西部最大の都市ラタバードの門前でやったときには、ただの横薙ぎの一閃をしのぐのに、おっさん三人がチカラを合わせてどうにかといった、ていたらく。
 それをたった一人で対処するということが、いかに無謀な挑戦であるかなんてことは俺自身が誰よりも良くわかっている。それでもやらねばならぬ。
 かなわないまでも、できるだけアトラを足止めし、元凶である喪服の女をキリクとジーンがどうにかしてくれるのを信じるしかない。

 後方へと駆け抜けたアトラのカラダが、ピタリと止まった。
 かとおもえば、いきなりの反転からの大跳躍。
 上段のかまえからふり下ろされた一撃。
 しかし動きが大きいがゆえに剣の軌道が読みやすい。俺は迫る剣の腹を盾で打ち払うようにして、これを回避。
 大剣の刃が床の石材を打ち砕き、深々とめり込む。
 ずいぶんと大雑把な動きにて、隙だらけ。いまならば、うなじ辺りに斬りかかることも可能かもしれない。
 けれども俺が腰の片手剣に手をのばすことはない。仲間を傷つけることはできないからだ。
 地面から大剣を抜いたアトラが悠然とふり返る。
 右目に宿る黄光が妖しくゆらめき、こちらを嘲るような表情を見せた。
 反吐が出るような笑みであった。
 こいつ……。
 わざと隙を見せて俺の反撃を誘いやがった。仲間相手に戸惑っているこちらの心情を知りながら、それを弄ぶために。
 カッと頭に血がのぼりそうになるも、俺はひとつ深呼吸をして気を静める。感情の乱れは盾術の大敵。
 そんなこちらの態度に「つまらない男ね」とアトラがぽつり。

  ◇

 ずるずると引きずられる大剣。
 切っ先にて石床をこすりながら、アトラが近づいてくる。
 俺もまたゆっくりと彼女へと向けて歩き出す。
 真正面から対峙する三合目。
 無造作な横薙ぎの一撃を、俺は半歩下がってかわす。視界の隅で切っ先が跳ねたのを捉え、今度は腰を落とす。
 俺の頭上をひょいと跨ぐように、アトラの切っ先が飛び越えた。
 剣技と呼ぶにはあまりにも稚拙。たんに大剣を膂力にてふっただけの動き。それでも首に当たれば血肉が抉れて致命傷となることであろう。
 頭上で凶刃が閃く。急旋回しこちらを一刀両断にしようと落ちてくる。
 俺は前へと踏み込み、アトラと接近することでこの斬撃を無効化。
 ついでにアトラに向かって「目を覚ませ!」と呼びかけてみるも、わずかに左目が泳いだのみにて、他には目立った反応はなし。

「ムダよ。この子の魂はすでに闇の牢獄に閉じ込めた。あとはアメ玉のように、消滅するまでわたしになぶられるだけ」

 右目以外は変わっていないというのに、まるで別人のようになってしまったアトラの吐き出す台詞に、俺は無性にイラ立つ。顔が険しくなるのを抑えられない。

「いいわね、あなた。その悔しそうな表情、たまらないわ。ゾクゾクしちゃう。でもあんまりのんびりしていたら、イネインさまがお目覚めになってしまうから、残念だけどそろそろ切り上げさせてもらうわね」

 言うなり剣速が格段に上がった。
 これまでは新しく手に入れたアトラのカラダの調子を確かめるための様子見にて、ここから先が本番ということらしい。
 俺はちらりと向こうで戦っているキリクとジーンの姿を見てから、気合を入れ直す。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲで戦闘力特化で転生したところで、需要はあるか?

天之雨
ファンタジー
エロゲに転生したが、俺の転生特典はどうやら【力】らしい。 最強の魔王がエロゲファンタジーを蹂躙する、そんな話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...