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178 囚われた紅風
しおりを挟む心配そうに足下をうろちょろしている緑色のスーラを「邪魔だ」と蹴飛ばしたアトラ。
どうやらカラダを乗っ取られてしまったらしい。
それを成した喪服の女は隣で、へらへらと不快な笑みを浮かべている。
不測の事態を前にして、パーティー「オジキ」は臨戦態勢を取りつつ、小声でやりとり。
「何か狙いがあるとは思っていたが、よりにもよって……」
「いきなり最強の切り札を奪取するとか、インチキにもほどがある!」
「しかもあの様子では、しばらく二人体制が続くようだな」
四対一の局面が、いきなり三対二になり、両陣営のチカラ関係がいっきに相手側に傾いた状況。
戦力差は歴然にて、もはやおっさんたちの命運は風前の灯火。
かと思われたのだが、俺たち三人はそろって「あれ?」と少し首を傾げていた。
「アトラを奪われたのは痛い。正直なところ、どうやって対処していいのかまるで見当もつかない。けど気のせいかな? 最初に遭ったときよりも……」
俺は喪服の女から視線を外さずに、感じたままのことを口にする。
そうしたらキリクとジーンが「自分も」と言い出す。
「あー、それはオレも感じていた。なんていうか圧力が減ってる? 謁見の間で対峙したときなんて、ぶっちゃけ足がすくんじまって動けなかったけど、いまはソレがない」とキリク。
「確かに。わたしもずいぶんと威圧が縮んだような印象を受けていた」ジーンもうなづき肯定。「もしかしたら二つに分かれたことで、一時的に弱体化しているのかもしれん。だとすれば、いまならば、まだつけ込む余地が残されている」
戦力分散の愚については、古今東西の戦いを扱う書物にて、くどくど説かれてある。
けれどもそれと同様に、敵戦力を分散しての各個撃破の有益性もまた、くどいほどに記述されている。
喪服の女と操られているアトラを引き離すことに成功すれば、わずかなりとも勝機が見い出せるかもしれない。
とのジーンのご意見に、俺たちは賭けてみることにする。
そして肝心の役割分担なのだが、俺ことフィレオがアトラの相手をし、キリクとジーンが喪服の女と闘うことになった。
◇
喪服の女とアトラを中心に据えて、ゆっくり両極へとわかれて移動していく俺たち。
こちらの布陣をひと目見て、意図を悟ったらしい喪服の女が「ほぅ」と少しばかり感心した声をもらす。
「あら、そういう趣向なの。いいわよ、付き合ってあげる。だからせいぜい、わたしを楽しませなさい」
己のチカラに絶対の自信があるのか、喪服の女が悠然とキリク、ジーンに向き合う。
それと同時に右目に黄光を宿したアトラが、俺の方へと向かって歩きだした。
◇
唐突に走り出すアトラ。腰の辺りにまでのびた藍色の長い髪が後方へとたなびく。
二歩、三歩と軽やかにタンタンと跳ねたかと思ったら、四歩目でいっきに加速。
瞬時に間合いを詰め、迫る勢いのままに刺突を放つ。
俺は盾で初撃を受け流す。
金属と金属がこすり合うことで発せられるギリリという不快な音。火花を散らしながら盾の表面を滑っていく刃。
アトラは足を止めることなく、そのままの速度で目の前を駆け抜けていった。
俺がこうやって正面からアトラの剣を受けるのは二度目。
かつてエイジス王国内、西部最大の都市ラタバードの門前でやったときには、ただの横薙ぎの一閃をしのぐのに、おっさん三人がチカラを合わせてどうにかといった、ていたらく。
それをたった一人で対処するということが、いかに無謀な挑戦であるかなんてことは俺自身が誰よりも良くわかっている。それでもやらねばならぬ。
かなわないまでも、できるだけアトラを足止めし、元凶である喪服の女をキリクとジーンがどうにかしてくれるのを信じるしかない。
後方へと駆け抜けたアトラのカラダが、ピタリと止まった。
かとおもえば、いきなりの反転からの大跳躍。
上段のかまえからふり下ろされた一撃。
しかし動きが大きいがゆえに剣の軌道が読みやすい。俺は迫る剣の腹を盾で打ち払うようにして、これを回避。
大剣の刃が床の石材を打ち砕き、深々とめり込む。
ずいぶんと大雑把な動きにて、隙だらけ。いまならば、うなじ辺りに斬りかかることも可能かもしれない。
けれども俺が腰の片手剣に手をのばすことはない。仲間を傷つけることはできないからだ。
地面から大剣を抜いたアトラが悠然とふり返る。
右目に宿る黄光が妖しくゆらめき、こちらを嘲るような表情を見せた。
反吐が出るような笑みであった。
こいつ……。
わざと隙を見せて俺の反撃を誘いやがった。仲間相手に戸惑っているこちらの心情を知りながら、それを弄ぶために。
カッと頭に血がのぼりそうになるも、俺はひとつ深呼吸をして気を静める。感情の乱れは盾術の大敵。
そんなこちらの態度に「つまらない男ね」とアトラがぽつり。
◇
ずるずると引きずられる大剣。
切っ先にて石床をこすりながら、アトラが近づいてくる。
俺もまたゆっくりと彼女へと向けて歩き出す。
真正面から対峙する三合目。
無造作な横薙ぎの一撃を、俺は半歩下がってかわす。視界の隅で切っ先が跳ねたのを捉え、今度は腰を落とす。
俺の頭上をひょいと跨ぐように、アトラの切っ先が飛び越えた。
剣技と呼ぶにはあまりにも稚拙。たんに大剣を膂力にてふっただけの動き。それでも首に当たれば血肉が抉れて致命傷となることであろう。
頭上で凶刃が閃く。急旋回しこちらを一刀両断にしようと落ちてくる。
俺は前へと踏み込み、アトラと接近することでこの斬撃を無効化。
ついでにアトラに向かって「目を覚ませ!」と呼びかけてみるも、わずかに左目が泳いだのみにて、他には目立った反応はなし。
「ムダよ。この子の魂はすでに闇の牢獄に閉じ込めた。あとはアメ玉のように、消滅するまでわたしになぶられるだけ」
右目以外は変わっていないというのに、まるで別人のようになってしまったアトラの吐き出す台詞に、俺は無性にイラ立つ。顔が険しくなるのを抑えられない。
「いいわね、あなた。その悔しそうな表情、たまらないわ。ゾクゾクしちゃう。でもあんまりのんびりしていたら、イネインさまがお目覚めになってしまうから、残念だけどそろそろ切り上げさせてもらうわね」
言うなり剣速が格段に上がった。
これまでは新しく手に入れたアトラのカラダの調子を確かめるための様子見にて、ここから先が本番ということらしい。
俺はちらりと向こうで戦っているキリクとジーンの姿を見てから、気合を入れ直す。
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