冒険野郎ども。

月芝

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174 空っぽの街

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 アトラの剣による猛攻。
 これをはじき返す不落の門。
 五十合以上もの斬撃が飛び交い、大地が深々と切り裂かれ、抉れ、砕け、原型を留めていない。荒地然としていた風景が、破壊の痕跡だらけの、よりヒドイ荒地になってしまった。
 すっかり様変わりした周辺の地形。
 山の斜面を滑り降りてきた冷たい白風が、視界をおおっていた土煙を払う。
 じきにあらわとなった不落の門の姿を見て、俺とキリクとジーンはしばし唖然。

「マジか」
「ウソだろう……」
「信じられん」

 門の表面や壁には痛々しい傷が入っているものの、不落の門、いまだ健在!
 大剣を地面に突き刺し、「ふぅふぅ」乱れた呼吸を整えているアトラ。足下を心配そうにうろちょろしている緑色のスーラにかまう余裕もない。その様子からして彼女がかなり本気だったことが伺える。
 第一等級冒険者の実力は人外のもの。
 そのチカラをもってしても破れなかった不落の門。
 周辺の惨状を前にして、キリクがやや顔を引きつらせ「もう依頼完了でいいんじゃないのか? 王さまもダメ元でオレらを派遣したみたいな感じだったし」と言いつつ、小石を蹴飛ばす。
 飛ばされた小石は三度ばかり跳ねてから、門の表面にカツンと当たった。
 その様子を何げに目で追っていた俺はギョッとする。
 これまでビクともしなかった門が「ギィ」と音をたて、わずかばかり奥へと開いたからだ。
 一同仰天!
 おそるおそる近づいてみると、ちょうど人がひとり通り抜けられるぐらいの隙間ができている。
 これを前にして、パーティー「オジキ」の面々はそろって「あやしい」とつぶやいた。

「いかにも『入ってこい』と言わんばかりだな」と俺。
「フィレオの意見に賛成。どう見たってワナだろう、コレ」とキリクは胡乱そう。
「アトラの攻撃が反転魔法の供給を上回ったという線も捨てきれないが……、さて」とジーンは思案顔。

 おっさん三人がどうしたものかと悩んでいたら、アトラが「あっ、ダメ」と声をあげた。
 何ごとかと思えば、緑色のスーラがにゅるりんと不落の門の隙間に入り込んでいくところであった。
 四人が見ている間に、緑色のスーラの姿は門の奥に消えてしまう。
 あわててこれを追いかけるアトラ。必然的に俺たち三人もあとに続くことになる。

  ◇

 不落の門を超えた先は、四角い通路が真っ直ぐに伸びていた。
 ずっと先に見える光の点。出口なのだろうがけっこう距離がある。それすなわち、壁の厚さを意味しており、通常の四倍、いや下手をすると五倍近くもあるか。改めてシドリアヌス王国の城壁の異常さを物語っていた。
 通路には何もない。
 警備の者たちの部屋や、取り調べ室、待合室、荷を検査するために留め置く場所など、都や城を守る壁にあるはずのものが一切見当たらない。
 ここもまた門と同様にて、ただの通路としての役割だけを与えられているかのような印象を受ける。
 物事の本質だけを突き詰めたかのような造りは、どこか寒々しい。

  ◇

 長い通路を抜け、姿をあらわしたのは石造りの街。
 王城のある小高い丘を囲むように、四角い家々が規則正しく配置されており、すべての屋根と壁が灰色にて、形状も大きさもまったく同じ。ぱっと見、見分けがつかない。
 通常の街は設計された区画通りに建造される。ただしそれは初期段階のみにて。たいていはあとから継ぎ足したり、削ったりしていくうちに、最終的に乱雑さが生じ不揃いの中に調和を見い出し落ち着くもの。
 けれどもここにはその跡がない。まるで昨日完成したばかりのように整然としている。
 シドリアヌス王国とて歴史はけっして浅くない。それを考えれば、この街並みはかなりおかしい。ずっと氷漬けにされていたと言われても、信じてしまいそうなほどに変化がなさすぎる。
 それに……。

「やけに静かだな」

 俺はあちこち視線を彷徨わせてみるが、どこにも人影らしきものは見当たらない。
 街は空っぽだった。
 辺境都市トワイエより二回りほど小さいシドリアヌスの王都。壁の厚みを考慮すれば、実際の居住区域はもっと狭まるだろう。それでも千人単位の住民がいるはず。
 なのに誰もいないなんてことが、ありえるのだろうか?

「ひょっとして疫病で全滅しちまったとか」

 自分で発した言葉にキリクが顔をしかめる。
 実際、辺境の村や街にて死に至る病が蔓延し、滅んだという話しは少なくない。特にここのような閉鎖された土地柄だと、外部からの侵入を防ぎやすい反面、逃げ場がないので一度発生したら、爆発的に内部で感染拡大する危険性を秘めている。
 けれども疫病説はジーンが即座に否定した。

「ならば死体のひとつでもその辺に転がっているだろう」と。

 街はキレイなものであった。
 俺たちは丘の上へと通じるゆるやかな坂道をのぼっていく。
 大通りに相当する道だと思われるが、商店らしきかまえは一軒もない。
 商業活動を行っている様子がないことから、ジーンが「もしかしたらこの国は配給制度なのかもしれん」と言った。
 途中で、扉が半開きになっている家屋があったので、俺たちは中を調べてみることにした。

  ◇

 街の造りがこんな調子なので、てっきり家の内部も不愛想なのかと思ったら、そうでもなかった。
 暖炉のあるリビング。流しがやや狭いものの使いやすそうな台所。棚には三人分の食器が収納されており、うち一つは小さい。おそらくは子ども用であろう。
 けっして裕福ではないが、さりとて貧しいわけでもない。辺境の村に毛が生えた程度には満ち足りている雰囲気。
 とくに荒らされた形跡もなく、ごくありふれた家庭の光景がそこにはあった。
 テーブルの上に指を這わせたキリク。
 表面に薄っすらと積もっていたホコリから「放置されて三か月前後といったところか」と推測。

 三か月前といえば、ちょうどパーティー「オジキ」が、ジーンの故郷であるマナジントン島にて、商連合絡みの騒動に巻き込まれていた頃。
 同じタイミングにて別々の場所で異常事態が発生。
 奇妙な偶然が重なった……。いや、本当にたまたまなのか?
 そのことに想いを馳せると、なぜだか俺の心臓がドクンと強く跳ねた。


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