冒険野郎ども。

月芝

文字の大きさ
上 下
158 / 210

158 燃える岩壁王

しおりを挟む
 
 視界一面が赤に塗りつぶされる。
 それは炎の赤。
 ダンジョン「岩壁王」最上階の広間、天井や壁に彫られた焔のレリーフ。造り物であったはずの火が本物となり、激しく燃え盛っている。
 見上げた天井には炎の渦が出現。壁には無数の火柱がうねり、絡み合い、のたうち回っている。
 俺たちが呆気にとられていると、錆び色の瞳の男が「ついに始まったか」とつぶやいた。
 どうやらこれが「境界の門が開く」という現象らしい。

「なんだ、アレは?」

 ジーンが声をあげた。
 青い双眸の見つめる先は最寄りの炎の壁の中。
 奥にてにょろにょろと蠢く無数の白い何か。
 はじめは焚火に放り込まれた紐のように見えたそれが、次第に大きくなっていく。
 これは……、どんどんと近づいてきている?
 じきに輪郭がはっきりと見えるようになって、俺にも正体がわかった。
 それは白い腕。
 異様に細く長い、のっぺりとした腕。指先に爪はなく手の平にしわもない。造り物めいており生を感じさせる要素がひと欠片もなく、かわりに死を強く連想させる不吉な要素を凝縮したような不気味な姿。
 眺めているとうなじの毛がチリチリと逆立つ。
 膨大な数の白い腕たちが、草木をかき分けるかのようにして、焔の林の中から姿をあらわす。

 俺たちがギョッとしている目の前で、腕の一本が壁の中から飛び出し唐突に伸びた。
 向かった先には錆びた色の瞳をした男。
 掴まえようと迫る腕を男は身をよじってかわす。
 これを合図に次々と白い腕が炎の壁から飛び出した。
 白い腕は何故だか俺とジーンには見向きもせずに、ひたすら男の方へ殺到。
 自身に迫る腕をさばきつつ、じりじりと自身で開けた壁の大穴へ近づく錆びた色の瞳をした男。
 追い詰められたようにも見えたが、さにあらず。

「悪いが、まだ仕事が残っている。これで失礼させてもらおう」

 言うなり黒装束の覆面姿が大穴から宙へと身を踊らせた。
 両手両足を広げると、身に着けていた衣装の一部がバサリとはだけて帆となる。
 風を受けてその身がふわりと夜空に舞い上がり、闇の中を滑るように飛んでいく。

「コンチクショウ! 逃げやがった!」

 俺は無責任な相手に憤り、地団駄を踏む。

「あの飛ぶ術は前にも見たな。脱出経路を確保するための攻撃でもあったのか。なんと周到な」

 冷静に遠ざかる相手を見送るジーン。それでも腹は立てているらしく、「弓が壊れていなければ、前回同様に撃ち落としてやるものを」と言っていた。

  ◇

 錆びた色の瞳をした男にまんまと逃げられた俺とジーン。
 その耳に「きゃっ」と女の悲鳴。
 見れば、白い腕に足首を掴まれて炎の壁の中へと引きずり込まれようとしているウルリカと、それをさせじと必死に抵抗しているキリクの姿があった。
 あわてて駆け寄る俺とジーン。
 俺はキリクの腰に腕を回し踏ん張るのを手伝う。
 ジーンは片手剣を抜き、ウルリカを掴んでいる白い腕へと向かい、チカラいっぱいにふり下ろす。
 が、刃は通らない!
 俺とジーンが入れ替わって試してみるも結果は同じ。
 感触は重く、ぐにょんと斬撃を吸収して、表面には傷ひとつつかない。
 何とかしようと足掻くも、そうしている間に更に白い腕が伸びてきてウルリカを掴んでは、こちらの抵抗を嘲笑うかのようにしてじりじりと。
 人知を超えた存在との絶望的な綱引き。
 それでもおっさん三人が抗い続けていると、「ふふふ」と笑みを零したのはウルリカ。
 暗い水底のような瞳がじっとこちらを見つめていた。

「まったく、とんだお人好しどもだよ。敵の女のためにこんなに必死になっちゃってさ。……でも、これがいまのあんたの仲間なんだね、キリク」

 言うなりウルリカはグイとチカラまかせに腕を引き寄せる。
 懸命に掴んでいたキリクとの距離が一瞬縮まる。
 キリクの耳元で何ごとかを囁いたウルリカ。
 彼女が何を言ったのかは俺には聞こえなかった。
 ふいに均衡が崩れて、俺はもんどりを打ち、ジーンは尻もちをつく。
 彼女が自ら手を離したのだ。

「ウルリカっ!」

 キリクの悲痛な叫び。もう一度掴もうと伸ばした指先は届かない。
 その向こうで微笑んでいたウルリカ。
 女暗殺者は炎の壁の中へと呑み込まれ、焔の彼方へと消えた。

  ◇

 友を裏切り、里を滅ぼし、数多の悪行に手を染めてきたウルリカ。
 彼女が最期にどのような想いを抱き、自ら手を離したのかはわからない。
 うなだれるキリク。
 その肩を優しく叩き慰めと哀悼の意を示してから、俺は現状の把握に努める。
 ジーンも同様にて彼は階下へと通じる階段の方を調べに行った。

 炎は轟々とうなりをあげており、ますます火勢を強めるばかり。
 汗でびしょ濡れだった衣服がすっかり乾くほど。身の内より新たに流れ出た分は、すぐさま蒸発してしまう。
 石床も焼けており、まるで熱々の鉄板。歩くたびにブーツの底がじゅうじゅういって、少し焦げたニオイすら漂っている。
 そんな状況下にて、奇妙だったのは白い腕たちの動き。
 錆びた色の瞳の男やウルリカには襲いかかっていたというのに、パーティー「オジキ」には見向きもしない。ただわらわらと不気味な姿を晒しているばかり。
 俺が首をかしげていると、階段の様子を見に行っていたジーンが戻ってくる。
 顔を合わすなりジーンは首を横にふった。

「あっちはダメだ。階下は完全に炎に埋め尽くされている。あの調子では、じきにここも同様になるだろう」

 退路を塞がれ、パーティー「オジキ」は大ピンチ!
 何か手はないかと俺は荷袋の中身をガサゴソ漁り、ジーンは思案を始める。
 すると顔をあげたキリクが言った。

「ひとつオレに考えがある。ただし、失敗したらそろってあの世逝きだがな」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲで戦闘力特化で転生したところで、需要はあるか?

天之雨
ファンタジー
エロゲに転生したが、俺の転生特典はどうやら【力】らしい。 最強の魔王がエロゲファンタジーを蹂躙する、そんな話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...