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139 百面相
しおりを挟む「指輪の素材をとりに行きたい」
言い出したのは魔導士のジーン。
彼は独自に開発した指輪を消費することで、魔法の詠唱時間を大幅に短縮する方法を研究模索している。
魔法の連続行使は、かつて魔王を倒したという勇者たちのみが成したとされる奇跡の御業。長い歴史の中で数多の魔導士や研究機関などが実現を目指すも、いまだに達成されたという話は聞こえてこない。
ジーンの魔法と指輪には何度も助けられているので、俺とキリクに否はない。
よってパーティー「オジキ」は、早速とあるダンジョンへと赴いた。
◇
荒地にポツンと立つのは、小山程度の高さしかないずんぐりむっくりの塔。
黒光りする外壁には、喜怒哀楽、さまざまな表情をした石の顔が浮き彫りとなっている。
大小無数の顔の羅列。細緻な造形はまるで生きながらに壁に埋め込まれたかのよう。
エイジス王国北東部にあるダンジョン「百面相」
不気味な形状ながらも、奇異性はこれに留まらない。
入り口の総数が、なんと百にも及ぶ。
内部は一本道にて、ワナはなし。
突き当りには両開きの大きな扉があり、扉の中央に巨大な顔。
顔を割るようにして開けた奥には、がらんとした広間があるのみ。
どの入り口から進んでもすべて同じ造り。
塔の内部では空間がズレているらしく、同時に複数のパーティーがちがう入り口よりダンジョンに踏み入ったとしても、お互いの存在を認知することはない。
だが同じなのはここまで。
広間へと立ち入ったとたんに固く閉じられる扉。
そして始まる試練。クリアをしなければ扉はけっして開かない。
試練は出現する敵を倒すこと。
数は一体につき、毎回、ころころ変わる。どうやらダンジョンが挑戦者たちの実力を見極めて、トントンになるぐらいの相手を見繕っているらしい。
外観の気味悪さもさることながら、立ち入る度に変化する内容にて「百面相」と命名されたダンジョン。
程よい試練をクリアすると宝箱が出現。
難易度に応じて相応の品が手に入るという仕掛け。
自分の実力を見誤らなければ確実に成果が得られるので、ここをメインに活動を続けているパーティーも多い。
◇
塔を中心にして四方八方へと延びるのは百の行列。
そのすべてが順番待ち。冒険者たちに混じって正規の軍人や騎士の姿もちらほら。おそらく腕試しや修行目的なのだろう。
周辺には集まる連中を目当てにした露店が数多く軒を連ねている。真っ当なモノから怪しいモノまで入り交じる雑多感にて、地域はけっこうな混沌ぶり。しかし、だからこそここは賑やかでもあった。
屋台で食べ物をいくつか購入してから、人混みを抜けて塔の方へと向かう。
どの行列も似たり寄ったりにて、適当な列を選んで俺たちは並んだ。
「ここはいつ来ても盛況だな」
周囲の喧騒を眺めながら俺は言った。
「まぁな。安全といえば安全に稼げる貴重な場所だし」キリクは列の前方に目を凝らしつつ「この分なら半日ぐらいかな」
「ならば運がいい。混んでいる時には丸三日ほども待ったことがある。しかも真冬に。あの時は辛かった」
遠い目をするジーン。冬の荒地、寒空の下で待ちぼうけとか、よっぽどであったのだろう。思い出してぶるると肩を震わしていた。
試練に出現する敵モンスターは、挑戦者の実力によって変化する。
だからダンジョンに挑む列に若手や等級の低いパーティーが多ければ、相対的に敵も弱体化。戦闘の展開がサクサクにて時間も短縮。列の進み具合も早くなることに。
現在、並んでいる列は若いのがやや多め。
どうやら当たりだったようで、おっさん三人組は幸運を喜んでいたのだが……。
「あれ? フィレオ」
いきなり名前を呼ばれてふり返ったら、大剣を背負った小柄なフード姿。
声からして若い娘にて、誰かと思えばアトラだった。
第一等級冒険者にして紅風の異名を持つ凄腕の女剣士。あまりの戦闘力ゆえに国お抱えとなっている彼女が一人で立っている。
「どうしてここに……と、聞くだけ野暮か。鍛錬目的か?」
「うん。ここなら手っ取り早いから」
俺の言葉にコクンとうなづいたアトラ。
特定のパーティーを組まず、単独にて数多の討伐依頼をこなし、またたく間に第一等級へと昇りつめたアトラは、その強さゆえに別の問題を抱えることになる。
それは戦う相手。
いかに大剣豪とて、あまりにも実戦から遠ざかっていれば腕や感覚がにぶり、体もなまる。適度な運動は必要。
しかし、彼女ほどにもなると手頃な相手がいない。本気で探そうとすれば国内どころか大陸中を探し回るハメになるだろう。
でもダンジョン「百面相」ならば、実力伯仲の相手を用意してくれるので、とってもらくちん。
だからたまにこっそりお邪魔をしているとアトラは言った。
ちなみにこっそりなのは正体がバレると冒険者たちに囲まれてしまうから。なにせ第一等級は英雄であり万民の憧れの存在なので。
「強くなったら強くなったで、いろいろとたいへんなんだなぁ」とおっさん三人組。
「にしても、王都を離れていいのかよ? その、いまは、いろいろと立て込んでるはずなんじゃあ……」
周囲に聞こえないように声を落としたキリク。
浮遊島から持ち帰った様々な情報から、何やら世界に危機が迫っていることが判明。
えらい人たちはその対応に追われていることを知っているからこその、この発言。
しかしアトラは「心配ない。やるべきことはやっている……はず」と答える。
何やら不安が残る物言いにて、俺としてはそこはキッパリと言い切って欲しかった。キリクとジーンも同様なのか、どこか胡乱そうな表情をしていた。
そんなことを話しているうちにも、ずんずんと列は進んでいく。
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