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125 祠
しおりを挟むタラリアの鼻下からアゴの部分が左右に割れる。
出現したのは大きな口。
ギチギチ音を鳴らしながら、朝食に用意したパンをむしゃむしゃ。
昆虫人ならではの食事風景。初めて見たヤツはたいてい驚く。
彼女の顔の下半分は擬態にて、ふだんは口に見えている部分は飾りのようなもの。
なお発声は胸腔部分より、呼吸はお腹にあるいくつかの孔にて行っている。
俺は過去に何度か昆虫人と関わったことがあるので、特に気にはしない。
キリクも同様、だがジーンはあまり接点がなかったらしくて興味津々。
自分に向けられる熱視線に気がついたタラリア女史、「あらあら、なんなら脱ぎましょうか」とからかえば、ジーンが真顔で「ぜひに」と喰いついたもので、キリクが飲みかけの紅茶を吹き出し、俺は慌ててジーンを止めた。
警護対象のご婦人に対する破廉恥行為なんぞ、パーティーのリーダーとしては断じて見過ごせぬ。
こんな調子でわちゃわちゃしつつ、朝食後には生き物の探索を開始する。
◇
岸辺に転がる子どもほどの大きさの岩を、俺がグイっと持ち上げる。
姿をあらわした岩の裏面や濡れた砂地を熱心に覗き込むタラリア。しばらくしてから首を横にふったので、俺はゆっくりと岩をもとに戻す。
ふつうであれば湖のほとりにある石をどければ、小さな生き物の一匹や二匹、すぐに見つかるもの。しかし、すでに大小十以上もの岩をめくってみたが、結果はご覧の通り。
浮遊島では生き物の存在が一切確認されていない。
山があり森があり湖がある。豊かな自然が整った環境。なのに生き物だけがいないという状況は、かなり奇妙なこと。
もっともこれは限られた調査時間の中で、多くの目が山にあるという古代遺跡に向いているからとも考えられるので、あくまで現時点においてはという話。
俺がタラリアにお供して助手の真似事なんぞをしている間、ジーンはその辺の地面を掘り返し地中の調査、キリクは付近の木の周辺を調べていた。
時折、休憩を挟みつつ、昼過ぎまで探索を続けるもなんら成果は得られなかった。
泥だらけになったスコップを湖で洗っているジーンを横目に、俺が昼食の準備を整えていたら、キリクが帰ってきた。
「どうだった?」俺が声をかけると、キリクは肩をすくめて「生き物がいないって話は本当かもしれない。なにせ木の葉のどこにもムシ食いのあとがないからな。どれもキレイなもんだよ」と言った。
四人にて昼食をつつきながらの報告会。
といっても、判明したのは改めてこの島には生き物がいないということを証明するようなことばかり。
ただ、タラリアがキリクの話に興味を示し、昼からは森に入りたいと言い出す。
「生き物の姿を探すのではなくて、その痕跡を探す。あらあら、とてもいい考えだと思うの」
そんなわけで、午後からはキリクの案内にて、みんなで森へ向かうこととなった。
◇
似て非なる形をした木の羅列。
もともと森とはそういったモノなのだが、生き物の気配が一切ないせいか、自分がよく知る森とは漂う空気が明らかにちがう。
落ちている葉っぱを拾ってみる。茶色に変色しており、軽く握りしめただけでパリパリと崩れる。
うっそうと生い茂っているわりには湿気がなく、足元がぬかるむこともない。
やや薄暗いものの視界は良好にて、ほどよく吹く風が枝葉を揺らし、森の奥は思いのほかに快適であった。
木の幹に触れてみる。
ザラリとした荒い木の皮の表面。ボコボコしているけれども、落ち着くのは木特有の温もりのせいか。
少なくとも俺にはこの木が本物に見えるし感じられる。
葉っぱの一枚、枝の一本、地面に生えている草花、落ちている小石にしてもそう。
正真正銘の森。ここには確かに自然の息吹がある。ただ自発的に動いている者がいないだけだ。
なのに不自然さや異様さが微塵も見られない。
眺めているうちに俺の口からもれていたのは「調和」という言葉。
それを耳にしたジーンが「そうだな。ここは生き物という存在ナシで成り立っている。そういった意味ではまさしく調和だ。ここではわたしたちこそが異質であり異物なんだ」
常に互いの位置が確認できる距離にて散らばり、思い思いに森を観察していると、「あらあら」と声をあげたのはタラリア女史。
なにごとかと俺たちが駆け寄ると、彼女の前にはひときわ大きな歪んだ木の姿。
三本の木々がガッチリ絡まり合うことで一本となっている。
「こいつは立派だなぁ。まるで森の主みたいだぜ」
感嘆しつつキリクがグルリと太い幹の周囲を回る。するとちょうど裏側へと差し掛かったあたりで「うん? なんだコレ」と言い出す。
行ってみたら、ちょうど木の裏にある洞に半ば埋もれるかのようにして存在している小さな石の祠があった。
「あらあらあらあら、こんなの資料に載ってなかったわよ。すごいわ」
「……ということは、新発見ということか。それは確かにすごい」とジーン。
「湖からわりと近いのに? いや、逆に近いからこそ、たいして探索をしていなかった? だから今まで発見されていなかったのか」
言いつつも、いまいちピンと来ていないのか、キリクは首を傾げている。
興奮を隠しきれないタラリア。懐から手帳を取り出し熱心にメモを取り始めた。
俺は彼女にせかされて記録用の小型の魔具を準備。命じられるままにパシャパシャと写真撮影を開始。不慣れな分は量で補おうと多めに撮っておく。
ひとしきり興奮も収まったところで、やはり気になるのは祠の中。
細かい格子の小さな扉は両開き。隙間から奥を覗くも真っ暗にて何も見えない。
いきなり扉を開けようとするタラリアを制し、俺はキリクに目配せ。
心得たとばかりに斥候職が扉を調べ始める。
しばらく調べて安全を確認してから、そのままキリクに扉を開けてもらう。
どれほどの歳月放置されてあったのかはわからない。にもかかわらず、扉は音もなくスルリと開いた。
祠の中にあったのは、壁にぶら下がった輪っかが一つ。
「こいつを引けってことかな?」
「だろうな」
「ワナの可能性は」
「それならば扉の方に仕掛けるだろう」
「なんにしても用心はすべきだ。ロープでも結んで……って、アーッ!」
おっさん三人でひそひそ協議をしていたら、ガマンしきれなくなったタラリア女史が輪っかに手をのばし、「うんしょ」と引っ張ってしまう。
輪っかの先には鎖が繋がっており、ズルリとこれがお目見え。
とたんにガコン、ドタン、ギリギリ、ガラガラ、と怪しげな音が響き、足元がぶるぶる震え始めた。
俺たち三人はとっさにタラリアを囲み、警戒体制をとる。
そんな俺たちの目の前で地面がボコンとへこむ。
姿をあらわしたのは地下へと通じる階段であった。
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