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108 変化
しおりを挟む「生きてるか?」
俺が声をかけると、ジーンが腹を抑えながらよろよろと立ち上がった。
「なんとか……。こいつがなかったらアバラを何本かもっていかれていたな」
ジーンが上着の内ポケットに入れていた革の手帳を取り出す。厚めの表紙にくっきりと浮かぶ拳のあと。しおりがわりにドラゴンのウロコを挟んでいたのが功を奏す。
こちらはとりあえず無事みたいなので、今度はキリクへと視線を移す。
彼は白い女の掌底を喰らい、最寄りの家屋へと窓から突っ込んでいたはずだが……。
家屋へと近づいていく白い女。足で無造作に玄関扉を蹴破る。
しかしそこにキリクの姿はなかった。
忽然と消え失せた獲物。白い女が首を左右に小刻みにふらふら揺らす。
その背を強襲したのはキリク。
キリクは暖炉から煙突を抜けて屋根へとあがり、そこから組み紐を使い振り子の要領にて、いっきに飛び降りたのである。
落下速度と自重、勢いやその他もろもろ、すべてを手にした短双剣の一刃に込める。
意識が完全に家の中へと向いていた白い女。無防備な背中に深々と刃が突き刺さった。位置はちょうど心臓のあたりにて、魔石があるとおぼしき場所。
奇襲は斥候職の十八番。
キリクの反撃を受けて、白い女の身はそのまま家屋内へと転がる。
そのタイミングでジーンの指輪が淡い光を放ち、彼の周囲の空間が歪む。これは詠唱短縮による魔法が発動する前段階。
俺はキリクに「避けろっ!」と叫ぶ。
声に反応したキリク。組み紐を切断し、あわてて脇へと跳んだ。
直後にさっきまで彼がいた場所を通過したのは、大きな火球。見ているだけで肌がひりつくような紅蓮の玉が、勢いよく家屋へと飛び込む。
倒れている白い女を直撃!
とたんに膨張した熱波がはじけた。
窓、入り口、煙突から赤い閃光が突き抜け、火を噴く。
続いて屋根や壁に穴があき、そこからも同様の現象が発生する。
しかしなおも炎の蹂躙は止まらない。
破壊の渦が周囲を飲み込み、ついには建物自体をも軋ませ歪め始める。
石材が溶けはじめているのを目にしてギョッとしたキリク。身の危険を感じて、あたふたと逃げ出す。
俺もまた同様にて、魔力が枯渇しかけてふらふらしているジーンを担ぐと、一目散に駆け出した。
現場より二十歩ほど離れたところで、背中を「ドン」と強く押される。
それが爆発による衝撃だと気づいたときには、すでにジーンともども吹き飛ばされていた。
◇
「ちくしょう、死ぬかと思った。なんてマネをしやがる」
ぶつくさ文句を言いながらキリクが合流。枯草色のぼさぼさ髪の端々が、若干焦げてちりちり。
「すまん。だがアレは不可抗力というものだ。どうやら家の造りが燃えやすい構造だったらしい」と謝るジーン。
風の流れ、煙突や窓、柱の位置、使われていた建材や塗料、配置されてあった家具。
おそらくは家主も知らなかったことであろう。
自分が住んでいた家が天然の高炉と化していたことに。
それがあのすさまじい火勢を生じさせた原因。
だから自分は悪くないとのジーンの説明なのだが、微妙に説得力に欠けるように感じるのは、俺の気のせいであろうか。
まぁ、おかげで白い女は家屋ごと消失。結果オーライ?
なんぞと楽観視できるほど、ぬるい冒険者生活を俺たちは送っていない。
すり鉢状に深く抉れた爆発跡へと警戒しつつ、近寄る。
そして中を覗き込み、三人そろって「やっぱり」「あー」「腐ってもロード級か」と嘆息。
穴の底では溶けた蝋のような物体が蠢いていた。
白い女の成れの果て。
ゴツゴツした巨大なゴーレムを倒したら、今度は白い女型の彫像となり、ついには得たいの知れないグニグニとなる。
「アレを喰らってまだ生きてるのか」と俺。
「おいおい、あんなのどうやって倒すんだよ?」とキリク。
「まいったな。せめて弱点の魔石の位置がわかれば手の打ちようもあるんだが」とジーン。
パーティー「オジキ」の現状。
俺とキリクは多少のダメージを負っているものの、装備類は健在にて充分に戦える。
しかしジーンは詠唱短縮の指輪十個をすべて使い切り、魔力もほぼ枯渇状態。それにともなって体力もかなり消耗している。激しい動きにはとても耐えられそうにない。
そこで俺とキリクが接近戦をしかけつつ、魔石の位置を探る。
見極めがついたところで、ジーンが弓で仕留めることに決めた。
◇
片手剣を抜いた俺はいっきに坂を駆け降り、勢いのままに白いグニグニへと襲いかかる。
やや遅れてキリクが斜面を滑りつつ、投げたのは鉄ペン。その数八本。
ヌメっとした白い肌にすべて命中。ズブリと突き刺さる。
間髪入れずに俺は剣をふり下ろす。
ザックリ斬れた。確かな手ごたえ。感触は脂身の塊を切っているのに近い。
「攻撃が通るぞ。このまま押し切る!」
俺は「シュッ」と鋭い息吹を吐き、連撃をくり出す。
上段から下段、下段からの横薙ぎ、突きからの切り下げにて体内を寸断。
俺が前面から仕掛け、背後からはキリクが短双剣の二刀流にて滅多刺し。
すべての攻撃が狙い通りにきちんと当たる。それはもう面白いぐらいに。
だというのに、剣をふるうほど俺の中では不安が増大していく。
だからいったん攻勢を緩めようとするも、少しばかり遅かった。
ねっとりしたドロにはまり込んだように、手に伝わる感触が急に重たくなった。
腕が疲れたわけではない。相手の体に異変が生じたためだ。
しっかり腰を入れて振り抜いたはずの片手剣が、半ばにて止まる。剣身を体内に喰わえ込まれてしまった。
キリクの刃もはじかれる。
「ぐっ、抜けん」
俺は渾身のチカラを込めてもがく。けれども剣はビクともしない。
「なんだ! 急に固くなったのか?」
突然の変化に戸惑うキリク。
危険を感じた俺は剣を手放し距離を置いた。キリクもそれに倣う。
白いグニグニが自らを粘土細工のようにこねくり回す。練るようにして取り込まれてしまった愛剣。バリボリとの咀嚼音の後に、ついには砕かれ内部に消えた。
伸びたり縮んだりをくり返し、やがて出現したのは、またしても人型。
ただし今度は男性とおぼしき形状をしていた。
これを見てキリクが口にした感想は「なんとなくフィレオに輪郭が似てねえか?」というもの。
生憎と自分ではその辺のところはよくわからないが、似ていると言われて心中複雑ではある。
が、そんなことを考えている余裕なんて、すぐに消し飛ぶ。
白い男の腕の先が更に変化。
握られているのは片手剣。
剣をかまえる姿に俺をゾクリと怖気をふるう。
なぜなら、この現象が単純な形状や形質の変化だけではなく、学習をも意味していたからである。
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