冒険野郎ども。

月芝

文字の大きさ
上 下
108 / 210

108 変化

しおりを挟む
 
「生きてるか?」

 俺が声をかけると、ジーンが腹を抑えながらよろよろと立ち上がった。

「なんとか……。こいつがなかったらアバラを何本かもっていかれていたな」

 ジーンが上着の内ポケットに入れていた革の手帳を取り出す。厚めの表紙にくっきりと浮かぶ拳のあと。しおりがわりにドラゴンのウロコを挟んでいたのが功を奏す。
 こちらはとりあえず無事みたいなので、今度はキリクへと視線を移す。
 彼は白い女の掌底を喰らい、最寄りの家屋へと窓から突っ込んでいたはずだが……。

 家屋へと近づいていく白い女。足で無造作に玄関扉を蹴破る。
 しかしそこにキリクの姿はなかった。
 忽然と消え失せた獲物。白い女が首を左右に小刻みにふらふら揺らす。
 その背を強襲したのはキリク。
 キリクは暖炉から煙突を抜けて屋根へとあがり、そこから組み紐を使い振り子の要領にて、いっきに飛び降りたのである。
 落下速度と自重、勢いやその他もろもろ、すべてを手にした短双剣の一刃に込める。
 意識が完全に家の中へと向いていた白い女。無防備な背中に深々と刃が突き刺さった。位置はちょうど心臓のあたりにて、魔石があるとおぼしき場所。
 奇襲は斥候職の十八番。
 キリクの反撃を受けて、白い女の身はそのまま家屋内へと転がる。
 そのタイミングでジーンの指輪が淡い光を放ち、彼の周囲の空間が歪む。これは詠唱短縮による魔法が発動する前段階。
 俺はキリクに「避けろっ!」と叫ぶ。
 声に反応したキリク。組み紐を切断し、あわてて脇へと跳んだ。
 直後にさっきまで彼がいた場所を通過したのは、大きな火球。見ているだけで肌がひりつくような紅蓮の玉が、勢いよく家屋へと飛び込む。
 倒れている白い女を直撃!
 とたんに膨張した熱波がはじけた。
 窓、入り口、煙突から赤い閃光が突き抜け、火を噴く。
 続いて屋根や壁に穴があき、そこからも同様の現象が発生する。
 しかしなおも炎の蹂躙は止まらない。
 破壊の渦が周囲を飲み込み、ついには建物自体をも軋ませ歪め始める。
 石材が溶けはじめているのを目にしてギョッとしたキリク。身の危険を感じて、あたふたと逃げ出す。
 俺もまた同様にて、魔力が枯渇しかけてふらふらしているジーンを担ぐと、一目散に駆け出した。
 現場より二十歩ほど離れたところで、背中を「ドン」と強く押される。
 それが爆発による衝撃だと気づいたときには、すでにジーンともども吹き飛ばされていた。

  ◇

「ちくしょう、死ぬかと思った。なんてマネをしやがる」

 ぶつくさ文句を言いながらキリクが合流。枯草色のぼさぼさ髪の端々が、若干焦げてちりちり。

「すまん。だがアレは不可抗力というものだ。どうやら家の造りが燃えやすい構造だったらしい」と謝るジーン。

 風の流れ、煙突や窓、柱の位置、使われていた建材や塗料、配置されてあった家具。
 おそらくは家主も知らなかったことであろう。
 自分が住んでいた家が天然の高炉と化していたことに。
 それがあのすさまじい火勢を生じさせた原因。
 だから自分は悪くないとのジーンの説明なのだが、微妙に説得力に欠けるように感じるのは、俺の気のせいであろうか。
 まぁ、おかげで白い女は家屋ごと消失。結果オーライ?
 なんぞと楽観視できるほど、ぬるい冒険者生活を俺たちは送っていない。
 すり鉢状に深く抉れた爆発跡へと警戒しつつ、近寄る。
 そして中を覗き込み、三人そろって「やっぱり」「あー」「腐ってもロード級か」と嘆息。
 穴の底では溶けた蝋のような物体が蠢いていた。
 白い女の成れの果て。
 ゴツゴツした巨大なゴーレムを倒したら、今度は白い女型の彫像となり、ついには得たいの知れないグニグニとなる。

「アレを喰らってまだ生きてるのか」と俺。
「おいおい、あんなのどうやって倒すんだよ?」とキリク。
「まいったな。せめて弱点の魔石の位置がわかれば手の打ちようもあるんだが」とジーン。

 パーティー「オジキ」の現状。
 俺とキリクは多少のダメージを負っているものの、装備類は健在にて充分に戦える。
 しかしジーンは詠唱短縮の指輪十個をすべて使い切り、魔力もほぼ枯渇状態。それにともなって体力もかなり消耗している。激しい動きにはとても耐えられそうにない。
 そこで俺とキリクが接近戦をしかけつつ、魔石の位置を探る。
 見極めがついたところで、ジーンが弓で仕留めることに決めた。

  ◇

 片手剣を抜いた俺はいっきに坂を駆け降り、勢いのままに白いグニグニへと襲いかかる。
 やや遅れてキリクが斜面を滑りつつ、投げたのは鉄ペン。その数八本。
 ヌメっとした白い肌にすべて命中。ズブリと突き刺さる。
 間髪入れずに俺は剣をふり下ろす。
 ザックリ斬れた。確かな手ごたえ。感触は脂身の塊を切っているのに近い。

「攻撃が通るぞ。このまま押し切る!」

 俺は「シュッ」と鋭い息吹を吐き、連撃をくり出す。
 上段から下段、下段からの横薙ぎ、突きからの切り下げにて体内を寸断。
 俺が前面から仕掛け、背後からはキリクが短双剣の二刀流にて滅多刺し。
 すべての攻撃が狙い通りにきちんと当たる。それはもう面白いぐらいに。
 だというのに、剣をふるうほど俺の中では不安が増大していく。
 だからいったん攻勢を緩めようとするも、少しばかり遅かった。
 ねっとりしたドロにはまり込んだように、手に伝わる感触が急に重たくなった。
 腕が疲れたわけではない。相手の体に異変が生じたためだ。
 しっかり腰を入れて振り抜いたはずの片手剣が、半ばにて止まる。剣身を体内に喰わえ込まれてしまった。
 キリクの刃もはじかれる。

「ぐっ、抜けん」

 俺は渾身のチカラを込めてもがく。けれども剣はビクともしない。

「なんだ! 急に固くなったのか?」

 突然の変化に戸惑うキリク。
 危険を感じた俺は剣を手放し距離を置いた。キリクもそれに倣う。
 白いグニグニが自らを粘土細工のようにこねくり回す。練るようにして取り込まれてしまった愛剣。バリボリとの咀嚼音の後に、ついには砕かれ内部に消えた。
 伸びたり縮んだりをくり返し、やがて出現したのは、またしても人型。
 ただし今度は男性とおぼしき形状をしていた。
 これを見てキリクが口にした感想は「なんとなくフィレオに輪郭が似てねえか?」というもの。
 生憎と自分ではその辺のところはよくわからないが、似ていると言われて心中複雑ではある。
 が、そんなことを考えている余裕なんて、すぐに消し飛ぶ。
 白い男の腕の先が更に変化。
 握られているのは片手剣。
 剣をかまえる姿に俺をゾクリと怖気をふるう。
 なぜなら、この現象が単純な形状や形質の変化だけではなく、学習をも意味していたからである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

処理中です...