冒険野郎ども。

月芝

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099 みつどもえ

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 序盤は互いに距離をとっての飛び道具の応酬。
 枯草色のクモ型夜刀は素早く移動しつつ攪乱、隙あらば短い針を射出してくる。
 長毛の銀狼型夜刀は的確に間合いを掌握し、常に一定の距離を保ちつつ岩の杭を飛ばしてくる。
 双方ともに狙いは正確ながらも、クモのはこちらの体勢を崩すような放ち方をしており、銀狼の方は急所狙いの必殺を目論む。
 対する俺はひたすら防御と回避に徹するしかない。
 一撃の重さは断然、銀狼。
 しかしやりにくさは圧倒的にクモ。
 近接戦闘の手段しか持ち合わせていない俺としては、どうにか距離を詰めたいところなのだが、一方が前進すれば他方が後退。一方が右へと走れば、その他も倣う格好にて同じように動く。そのせいで三つの点が三角形を描きながら、ぐるぐる回っているだけ。
 これはしばらく体力を温存しつつ、勝機が訪れるのを待つしかないか。
 などと走りながら考えていたら、ふいに首筋がゾクリ。
 とっさに膝を折りエビ反り。
 天井へと突き出したアゴ先をかすったのは細い糸。軽く触れただけで肌が裂け血がにじむ。
 背景に溶け込むほどに細く凶悪なまでに鋭い糸。
 危なかった……もしもあのまま進んでいたら、首と胴体がおさらばするところであった。
 しかし、ホッとしたのも束の間、俺はおそろしいことに気がついてしまう。
 同様の糸が、この石室内のいたるところに張り巡らされているっ!
 枯草色のクモの仕業だ。短針に物騒な糸を結んでせっせと放っていたのである。いやらしいことに、糸が結んであるのとないのが織り交ぜてあるから、針だけでは判断のしようがない。
 よくよく目を凝らせば判別可能だが、のんびりとそんな真似をさせてくれるわけもなく……。
 枯草色のクモの狩場と化した供物の間。
 序盤の陣取りにて優勢となったクモの攻勢がじょじょに苛烈さを増していく。
 身動きが取れなくなった俺は盾を手に縮こまるしかない。
 ちらりと見れば銀狼も同様であった。
 が、そのときヤツの毛が逆立ち全身が淡く輝きだす。
 これは……、魔法発動の前兆っ!
 何が飛び出すのかはわからないが、夜刀が放つ以上はヤバいシロモノにちがいあるまい。そんなものをこんな閉鎖空間で使うなんて!
 背後は壁、周囲には切れ味鋭い糸の罠。
 逃げ場のない俺にできたのは頭部を庇い、その場でうつ伏せになることだけ。
 直後に銀狼の咆哮。魔法が炸裂する。
 まずまばゆい閃光が室内を埋め尽くした。
 次に炎の赤がそれを上書きして、執拗に塗りつぶす。
 そのあとには風が散々に暴れ、床から引っぺがされて翻弄される俺の身体。意識はそこで途切れる。

  ◇

 気がついたとき、俺は三面像の首の根元で倒れていた。
 こちらを見下ろしていたのは嘲笑の面。最悪の寝起きである。
 フラつきながらも立ち上がり、周囲に目を向ければ、後方の壁際にてクモが仰向けにひっくり返って腹を見せ、銀狼もまた反対側にてぐったり伏せっている。
 そして室内に張り巡らされていた糸は焼き尽くされて影も形もなかった。
 どうやらこれが銀狼の狙いであったようだ。
 互いに攻撃を仕掛けていたクモと銀狼は、そのせいで対応が遅れた。結果として縮こまっていただけの俺が一番被害を免れたということか。なんにしても好機到来。
 倒れているクモと銀狼を見比べて、俺はクモの方へと向かう。
 なぜなら銀狼は魔法を放った直後にて、かなり消耗しているのですぐには動けまい。先に仕留めるべきはクモとの判断。なんとなく他にもいろいろ厄介な奥の手を隠していそうだし。
 死んだフリを警戒しつつ、俺は盾をかまえ慎重にクモへと近づく。
 あとほんの数歩で剣の切っ先が届く。「まずは一匹」
 そこまで近づいたとき、ふいに胸元が熱くなった。まるで熱した鉄を当てられているかのような痛み。堪えきれずに俺は苦悶の声をあげる。

「ぐわっ、な、なんだ! 何が起こった?」

 耐えかねて自分の懐に手を入れて探ってみれば、姿を見せたのは貴重品を入れて首から下げてある小袋。熱を発していたのはドラゴンのウロコ。いっそう紅い色味を強めて、不思議な輝きを放つ。
 俺は自分の胸元の紅い光彩を見つめて、しばし呆然。
 すると同様の光がクモと銀狼からも発生しているのを目にする。

「紅いドラゴンのウロコの光が三つ……、まさかっ!」

 枯草色、機敏な動き、切れる糸、やたらといやらしい攻め口、銀の毛、巧みな位置取り、過激な魔法……、そういえば狼の目も青かった。
 俺は剣を鞘に戻してから、倒れているクモを揺り起こす。
 目覚めたクモの目の前にて、ハンドサインをして見せる。
 そうしたらクモはコクンと小さくうなづく仕草をした。

  ◇

 俺とクモと銀狼は闘いを止めた。
 お互いの正体に気がついたからだ。
 どうやら俺たちは何者かにハメられたらしい。
 改めて思い返してみれば、島に流された当初からおかしかった。高波にさらわれて海に投げ出されたというのに、その身はちっとも濡れていなかった。ホウライ群島にずっと夜の国があるなんて話も聞いたことがない。夜刀と生贄の女たち。いかにもそれっぽい展開だが、そもそも俺はあの黒いドレスの女の名前すら知らない。
 ふつうならば真っ先に気にすべきこと。それをまるで意にも介していなかった時点で、思考になんらかの干渉を受けていたと思われる。
 悪趣味な第三者がいるのは間違いない。
 なにせパーティーの仲間同士に殺し合いをさせて、悦に浸っているのだから。
 どうにかギリギリのところで踏みとどまれた俺たち。
 しかし状況はちっとも好転していない。部屋の出入り口はあいかわらず塞がったままにて、俺の目には二人がクモと銀狼にしか見えず、言葉も交わせない。
 ハンドサインにしても俺から送ることは可能だが、二人からは無理にて一方通行。なにせクモと狼だし。
 ならばと筆談を試みるも、これもダメ。ぐにゃぐにゃとワームののたくったような線が描かれるばかりにて、ちっとも読めやしない。
 ハンドサインが通じているのは、たまたま俺が二人の目には人型のモンスターに映っているかららしい。
 徹底的に意思疎通が出来ない仕様のようだ。本当に底意地が悪い。性根が腐っていやがる。
 さて、どうしたものかと首をひねっていたら、俺の上着の裾をクイッと引っ張ったのは銀狼。
 鼻先にて指し示すのは、供物の間の中央に鎮座している三面像の首。
 前足にて地面をテシテシ、尻尾をブンブン。なんとなくだが言いたいことは理解できる。銀狼はあの像が気に喰わないらしい。
 俺も同感。ハンドサインにて「目標を攻撃」と指示を出し、パーティー「オジキ」にて総攻撃を開始した。


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