冒険野郎ども。

月芝

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096 常闇の国

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「空はもうこりごり。帰りは海でのんびり行こうぜ」

 そう言い出したのはキリクであったか。
 まぁ、その意見には俺とジーンも賛成したわけだが、よもやそのせいでこんな事態になろうとは……。

 北のドランシエグ島から東回りの海路にて、のんびり船旅で帰国しようと決めたパーティー「オジキ」の面々。
 波は穏やかにて、風もほどよく吹き、船足は快調。
 しかしジーンがまさかの船酔いでダウン。
 港で手に入れた書物を夢中になって読み耽っているうちに、気分が悪くなってしまい、急に体調を崩すことになる。
 ならばおとなしく寝ていればいいものを、ちょっと調子が良くなると、ふたたび書物に手を伸ばす。揺れる船内にて細かい文字を眺めているうちにふたたび気分が……。ということをくり返すジーン。知識欲の塊である魔導士の悪癖がここにきてひょっこり顔を出す。オマケに胃の中身まで残らず吐き出すものだから始末が悪い。
 あんまりヒドイようならば次の寄港地でいったん船を降りようかと、俺とキリクが相談していた矢先のこと。
 にわかに空模様が怪しくなって一面の曇天となる。横殴りの風が暴れはじめ、波も高くなり、ついには雨まで降り出す。
 しかも間の悪いことに、俺たちがジーンを連れて甲板に上がっていたときに。
 順調だった船旅が一変して嵐の航海となる。
 俺とキリクでジーンを両脇から支えて、あわてて船内に戻ろうとするも激しく揺れる足場。右へ左へと翻弄されてなかなか前へ進めない。

「あっ」

 混乱する最中、キリクがやや気の抜けた声を上げた。
 釣られて彼の顔が向いている方角を俺も見る。そしてギョッとした。
 視線の先では、明らかに船の帆よりも背の高い波が、壁のようにそそり立っていたからである。
 波はそのまま覆いかぶさるように押し寄せ、甲板にいた俺たち三人を丸っとひと呑み。
 おっさん三人、どんぶらこと海へ投げ出されることになってしまった! ゴボゴボ。

  ◇

 夜中にふと目を覚ますと、視界が薄闇の藍色に占拠されている。
 ダンジョンの奥や穴倉の底でもない限り、漆黒ということはまずない。
 夜には夜なりの明るさが漂っているもの。
 気づいたら俺は一人、そんな世界の砂浜にて転がっていた。
 空は暗く、星はひとつも見えない。

「キリク! ジーン!」

 仲間の姿を求め、名を呼ぶも返事はない。
 聞こえてくるのは穏やかな潮騒の音ばかり。
 あの二人のことだから、きっと大丈夫だとは思うが……。
 彼らの身を案じつつも、俺は手早く自分の状況を確認する。
 ……よかった。装備類は一式そろっている。ドラゴンのウロコや金などを入れた小袋も失くしていない。貴重品は肌身離さずという冒険者心得が功を奏した。
 ただ少し奇妙なこともあった。
 確か、甲板にて大波を受けて海へと放り出されたはず。なのに衣類がまったく濡れていない。これはどうしたことであろうか?
 首を傾げつつ、しばし海沿いを彷徨うが、漂着物や流木の一本も落ちておらず、異様に白い砂浜がどこまでも続くばかり。
 このまま闇雲に歩き回っても消耗するだけ。だから夜が明けるまで待つかと考え始めたとき、遠くにて灯りを発見する。
 海岸より内地に入った場所にて、それを目指しずんずん進む。

 姿をあらわしたのは石造りの立派な神殿であった。
 灯りの正体は神殿の入り口脇にて焚かれたタイマツのモノ。
 石段の先にてぽっかりと開いている入り口。この薄闇が支配する世界の中で、もっとも色濃い黒。奥がまるで見えやしない。
 巨大なモンスターの口のようでもあり、一瞬、躊躇するも俺は意を決してそちらに向かう。
 いつでも腰の剣を抜けるように手をかけ、奥へと声をかけた。

「夜分にすみません。どなたかおられますか?」

 思いのほかによく響く自分の声にビクリとなる。
 しばらく待つも応答はない。念のためにもう一度声をかけてから中を調べようとしたところで、奥の方にとても小さな灯りが見えた。
 はじめは錯覚かと思ったほどの、小さな光。
 目を凝らして眺めていると、どんどんと灯りが大きくなっていく。じきに衣擦れの音も聞こえてきた。
 やがて燭台を手にした女が静々と姿をあらわす。
 周囲の闇よりも、なお暗い黒いロングドレス。裾がとても長く尾を引いている。艶のある黒髪もまた長い。床に届きそうなほど。
 すらりとした首筋や胸元、袖の先からのぞく肌の白さが夜の中に浮かぶ。
 ゆらめくロウソクの明かりに照らされた顔は、前髪にて目元が隠れておりよくわからない。雰囲気からして、おそらくかなりの美人だとは思われるのだが、まさか不躾に覗き込むわけにもいくまい。

「すみません。船から落ちてしまい、近くの浜に漂着した者です」

 俺は女に冒険者ギルド発行の身分証を提示し、手短に事情を説明する。
 すると彼女は「それはお気の毒なことで。難儀をしましたね。どうぞこちらへ」と招き入れてくれた。
 廊下を先導する彼女の背についていく。
 俺はドレスの裾を踏まないように気をつけつつ、この地について訊ねた。
 航路から考えると、おそらくルーンオデッセア大陸の東方近海にある、ホウライ群島のどれかと思われるのだが……。

「ここは常闇の国です。フィレオさま」と黒いドレスの女。

 それは冒険者としてトロワグランデの地理にはそれなりに精通しているはずの俺が、まるで初めて耳にする国の名前であった。


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