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094 仇討ち
しおりを挟む断罪の儀式とは、獣人たちの間に古くから伝わる習慣。
一言でいえば「公認の仇討ち」である。
今回の仇は事件の元凶であるコズン。
そして敵を討つのは……。
「まさかキリクとジーンなのかっ!」
石舞台の上にて開始の合図を静かに待つ彼ら。
俺が驚いているとガレウスがうなずいた。
「本来であれば自分が友の仇を討つつもりであった。しかし……」
今回の働きに対しての報酬として「なんなりと望みを」との獣皇の言葉に、キリクとジーンは「ロインとケリーを殺め、幼子から両親を奪った相手に仇を討たせてほしい」と願い、それが認められたという。
二対一といういささか変則的な対戦形式なのは、斥候であるキリクと魔導士であるジーンの職種と、コズンの実力を考慮してのこと。
度し難い卑劣漢ではあるものの、ああ見えてコズンはひとかどの武人なんだとか。
兄であるロインがあまりにも偉大過ぎて、ずっとその陰に隠れていたが、剣士としての実力は相当あるそうな。
そのコズンが、こちらを見上げてにらみながら声を上げた。
「ガレウス王子、アリーシャ王女、もしも私が勝てば、赦免になるという約定、どうかお忘れなく」
仇討ちが決闘である以上は、必ずしもみなが望む結末を迎えるわけじゃない。
時には理不尽が現実を打ちのめすこともある、悪が正義を駆逐することも。
非情だがそれが武であり、戦いというモノ。
「すまない、フィレオ。いろいろあってこんなことになってしまった」とジーン。
「わりぃ、フィレオ、勝手に決めちまって」とキリク。
俺は二人に手を振り「気にするな。そのかわりに俺の分も一発頼む」と答えた。
◇
開始を告げる銅鑼が鳴り響く。
俺の見ている前で、ついに断罪の儀式が始まった。
弓を持ったジーンと短双剣を手にしたキリク。
対するコズンは剣士にて、当然ながらいっきに間合いを詰めようとする。
鞘から抜き放ったのは細身の直剣。身体能力に優れた獣人が扱うには珍しい類の武器。
不要となった鞘をキリクに投げつけて牽制。これを受けて「あっ」とキリクがわずかに狼狽し、よろめく。
その隙にコズンが狙うのはジーン。彼が持つ弓こそが厄介だとの判断なのだろう。一撃のもとに仕留められれば御の字。ダメでも弓の弦を切って使い物にならなくすれば、戦いをより有利に運べるようになる。
まずは飛び道具を封じる。魔法を使う暇を与えないとの思惑もあるのだろう。
定石にて手堅い攻め。コズンという男がひとかどの武人という話は、どうやら本当らしい。
が、それゆえにコズンは自らで墓穴を掘ったようだ。
冒険者パーティーにおける斥候職の役割はとても重要。なのにどこか扱いが軽んじられているところが世間にはある。必要とされる技術や知識は高度だというのに、単独行動と見えないところでの活躍が多いがゆえの、まったくもって愚かな風潮。
コズンもまた思考がその影響を受けたのであろう。
もっとも警戒すべき相手、真っ先に潰すべき相手を彼は見誤った。
突風のごとく駆け、踏み込みとともにくり出された細剣の切っ先。
銀閃が向かう先にはジーンの首筋。電光石火の一撃にて、そのまま決まるかと思われた。
だがその刃が途中で急に失速、墜落する。
いや、正しくはコズンの身が前のめりに倒れてしまったのだ。
見れば彼の後方の石畳に血溜まりが生じており、その中央には膝から下の右足が一本、ぽつんと取り残されている。
宙に紅い線が浮かんでいた。
血の雫が滴り、伝った先には石床にめり込んだ一本の薄刃の杭。
柄のところに穴が開いているハーケンと呼ばれる道具。岩壁などの割れ目に差し込んでロープを通したり、足場とするモノ。外壁や断崖攻略、城門破りなどに重宝する。
今回、ハーケンに結ばれてあったのはキリク特製の斬紐。切れ味は御覧の通り。
最初にコズンから鞘を投げつけられた際に、大げさに怯んだ演技を見せたキリク。
目的を達したコズンの注意が自分から逸れた一瞬を見逃さない。すかさずハーケンを放ち、罠を仕掛けていたのである。
意識の間隙をぬった一撃にて機動力を奪われたコズン。
なおも生に執着し、剣を手に立ち上がろうとするも、その腕に突き立ったのはジーンの矢。
内肘に深くめり込んだ鏃。同時にジーンの指輪が五つ輝き砕け散る。詠唱短縮の効果にて、即座に魔法が発動。
小爆発が発生し、コズンの腕が半ばより千切れ飛ぶ。
「ぎゃあぁぁ」
右足に続いて右腕までをも失って、コズンが悲鳴を上げてのたうち回る。
その姿を見つめるジーンの青い双眸がどこまでも冷たい。
ジーンは言った。
「たしか『まずは利き腕』だったか? いささか順番は狂ったが、己が所業を思い知るがいい」
こうして勝敗は早々についた。
武人と冒険者、両者の意識の差が如実にあらわれた結果。
だがこれは仇討ちの決闘。どちらかが完全に息絶えるまで続く。
二人から這って逃げようとするコズンの背を踏みつけたのはキリク。その手には拾ってきた細身の剣が握られてある。
「っと、そういえばフィレオの分がまだだったな」
言うなり思い切り刃を突き立てた。
場所は肋骨下の背骨の横。
厚い背筋を貫通し、内臓を傷つけ、腹筋を超え、切っ先は石床にまで到達しめり込む。
地面に縫い留められる格好となったコズン。
背中から生えた剣の柄頭を、ダメ押しで「ガン!」と踏みつけるキリク。
断末魔の叫びを尻目に「こいつは利子だ。特別に一発だけにオマケしておいてやるよ」
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