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057 オークション
しおりを挟むルーンオデッセア大陸中央部に位置し、隆盛を誇るエイジス王国。
王都グランシャリオ。規模は辺境都市トワイエの軽く五倍はあり、何もかもが桁違いにて、近隣に並ぶものナシ。
冒険者ギルドの本部もここに居を構えており、本日は隣接する巨大催事場にてギルド主催のオークションが開催されている。
とんでもない品が檀上に次々登場。怪しげな黄金仮面をつけた司会者から紹介されるたびに、客席がどよめき、飛び交うのはとんでもない金額。
狂乱の宴のごとき競り。
その異様な熱気を前にして、少々当てられてしまったおっさん三人組。仲良く揃ってやや呆けている。
この度、パーティ―「オジキ」もオークションに出品する栄誉を賜り、せっかくだからと会場の片隅に参列していたわけなのだが……。
「じゃあ、そろそろ行ってくる」
中座すべく俺は一人重い腰をあげた。
白骸の逆さ城での一件にて「出頭せよ」とギルド本部よりの要請、これに応じるため。
王都へオークションを見学に行くことにしたら、いつの間にかその情報が支部長のダグザ経由にて本部へと伝わり、「いい機会だから、ついでに顔を見せろ」という話になっていた。
だからって何もこのタイミングで呼び出さずともいいだろうに。
おかげで俺は自分たちの出品した魔石の晴れ舞台を見逃すことになってしまった。
「おう、こっちはまかせておけ。ばっちり見届けてやるから」とキリク。
「しっかりな、フィレオ。くれぐれも委員会のお歴々の機嫌を損ねるなよ」とはジーン。
仲間に後事を託し、俺は大きな背中を丸めて、そそくさと会場より退出した。
◇
「金貨八十六! 八十六っ! ほかにご希望の方はおられませんか? でしたらパーティ―『暁』より出品の『マニューラの瞳』は、千二十八番の落札とさせていただきます」
司会者が競りを締結。会場内からは盛大な拍手が湧き起こる。
マニューラ。
筋骨逞しい六本の腕と六つの瞳を持つ、白毛の巨大猿モンスター。
性格はとにかく狂暴。自分の縄張りに他者が入り込むことを極端に嫌う。巨体に似合わぬ俊敏さと、岩をも砕く拳を持ち、狩るのは至難の相手。しかもその瞳は死後すぐに濁るため、キレイなままで確保するには卓越した解体技術が必要とされる。
狩るのも素材を剥ぐのも超高難易度。
そんなとんでもないモノを出品したパーティ―「暁」は第一等級。
落札金額もさることながら、その品質は遠目にもすばらしく、キリクが思わず「ヒュウ」と口笛を吹いてしまうほど。
ジーンも「すごいな。六つのうち一つでも完全に採取できればたいしたものだというのに、それがすべて揃っているとは……。金貨百を超えてもおかしくはなかったろう。落札者はいい買い物をしたな」と褒めそやす。
会場の興奮冷めやらぬまま、オークションは進行。
「続きまして、新進気鋭のパーティ―『金色のグリフォン』より持ち込まれた『ナガハナの魔石と皮、その他もろもろ一式』です。このお得な品は金貨二十からです。ふるってご参加を」
ナガハナは炎の谷というダンジョンに生息する重量級の巨大モンスター。
動きは鈍いがぶ厚い皮が鎧となって、なかなか刃が通らない。名前の由来となっている太く長いハナも厄介。討伐には有力パーティ―が複数にて、どうにかという相手。
さりとて労力に見合うだけの価値もあり、回収される素材はどれもこれも希少品。
だというのに客たちの反応が薄い。
それもそのはず。檀上に並べられた品の状態が思いのほかに悪かったからだ。
ギルド本部主催のオークションに参加する客たちは、みな目が肥えている。良品と認めたモノには散財を惜しまないかわりに、それ以外にはとたんに厳しくなる。加えて先に出品されたマニューラの瞳と比べると、より一層、見劣りしてしまう。
司会者の黄金仮面がどうにか場を盛り上げようと必死に声を張り上げるも、一旦冷めた空気はどうにもならない。
そんな会場の様子を見てキリク。
「あっちゃー。運がなかったなぁ。よりにもよってアレのあとだなんて」
競りに掛けられる順番は当日にクジで決められる。
これは客を逃がさないためと、客のワクワク感を煽る演出目的なのだが、時には今回のような悲劇も起こってしまう。
結局、ナガハナ関連の競りは最後まで盛り上がることなく尻すぼみ。金貨三十一で落札。
もっとも、それとても相当な大金なのだが。
「順番うんぬん以前の問題だな。せっかくの素材が台無しだ。いくらなんでも仕事が雑過ぎる。おおかた討伐途中に解体を担う者が負傷なりしたんだろう。いちおうは珍しい品だからギルドもオークションに参加させたのだろうが、これではとんだ赤っ恥だな」
係の者の手によって檀上より舞台袖へと下げられる品を、ジーンは冷ややかに見送りつつ酷評。
ギルド本部主催のオークション。
そこで扱われるのは逸品揃いにつき、選出されるのは冒険者としては大変な栄誉。そして高額報酬を得るだけでなく、パーティ―の名を一躍世に知らしめる絶好の機会でもある。
だがその逆もまたしかり。
「そいういえば、あの金色のとかいう大層な名前のパーティ―って、確か……」
「あぁ、フィレオの元カノの所属しているところだ」
声を落としたキリクの言葉に、ジーンがうなづく。
「ひょっとしたら、この会場内に来ているのかもしれねえなぁ。だったらこのタイミングで本部にフィレオが呼ばれたのは、むしろ都合が良かったのかも」
キリクがざっと周囲の客席に視線を走らせ、栗毛の女冒険者を探すが、それらしい姿は目に入らなかった。
「話しを聞いた限りでは、あまりいい別れではなかったようだ。顔をあわせたところでフィレオがイヤな思いをするだけだろう」
「そうだな。パーティ―『オジキ』としても、せっかくいい感じで回っているところに、余計な水を差されたくねぇしな」
「あぁ、その通り……」
ジーンがそこで口をつぐむ。
なぜなら次に紹介されたのが、自分たちの出品した魔石であったからだ。
二人は会話を打ち切り、檀上へと注視する。
「これなるはパーティ―『オジキ』が持ち帰った、世にも奇妙な魔石です。御覧ください。この両手に余る見事な大きさ。妖しくも美しい緑の、なんと色鮮やかなこと。しかもしかも、この品は白き骸の大型亜種から採取されたというではありませんか! わたくしも長年、当オークションに関わってきましたが、そういった事例は初めてです。内包されている魔力値こそは中の上ぐらいですが、どうかその背景を考慮の上で、ふるってご参加を。それでは金貨三十から」
司会者の黄金仮面、すっかり盛り下がった雰囲気を一掃しようと熱弁をふるう。
そのかいあってか、ふたたび息を吹き返すオークション会場。
ジリジリと値を上げていき、ついには五十を突破。
事前にこのあたりの値で落ち着くだろうと主催者側から聞かされていたので、ジーンとキリクは「まぁ、そろそろかな」と、いつしか固く握っていた拳を解き、肩からチカラを抜く。
が、気を抜いた矢先のこと。
とんでもない出来事が起こった!
「百二十」との若い女の声。
競りが終わろうかという寸前、いきなり倍以上に跳ね上がった金額。
司会者が思わず「へっ?」と間抜けな反応。
まさかの本日最高落札額の登場に、客席もざわざわ。
そしてキリクとジーンは驚きのあまり、揃って「ぶふっ」と吹き出し、イスからずり落ちた。
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