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012 ホーム
しおりを挟む冒険者ギルドから呼び出しを喰らい、ミリダリア女史のお出迎えを受けたときには、どうなることかと内心でドキドキだったが、終わってみればいいこと尽くめ。
階段を降りる俺の足は自然と軽やか。
が、一階フロアへと姿をあらわしたところで、おもわぬ伏兵が待っていた。
「あっ、フィレオのオジキ、おつかれさまっす」
「フィレオのオジキ、このまえはありがとうございました」
「オジキ、こんど一度、手合わせをお願いします」
たまたま居合わせた若手冒険者らからの「オジキ」攻め。
モブの洞窟での騒動を共に経験した連中が、アレ以来、俺たちを見かけるたびに「オジキ、オジキ」とやかましい。
いや、たしかにパーティー名は「オジキ」で間違いない。
ないのだが、だからとてこの状況はどうだろう?
しかもその影響にて、他の連中からも「オジキ」呼ばわりされ、からかわれる始末。
ムキになって「オジキって言うな」と吠えるほどにかえって逆効果。周囲にてにやにや顔が増えていく。ちくしょう。完全に遊ばれている。
この調子では日々、拡大の一途と辿ることであろう。
そうなってはもう、みなが飽きて別のオモチャを見つけるまで、息を潜めて耐え忍ぶしかない。なぁに、新しもの好きにて目移りしやすいのもまた冒険者という生き物。二十日もすれば、じきに収まるだろう。
そう考えて俺は憮然としたままギルドを後にするしかなかった。
◇
俺ことフィレオがリーダーを務めるパーティー「オジキ」がホームとしている住居は、辺境都市トワイエの外縁部の区画、落ち着いた雰囲気の住宅街にある。
庭付き一戸建て、元はさる貴族の隠れ家というか、愛人を囲っていた邸宅だったのが、質流れされたもの。
見た目こそはこじんまりとした印象にて、目立つことなく周囲にある家々の中に埋没。
だが内部はかなり手を加えられており、とても快適。
一階には使い勝手のいいダイニングキッチン、ゆったりとした客間、広い風呂、壁に大きな鏡が張られた洗面所、収納力のある納戸。
二階には五つ部屋があり、うち四つが現在埋まっている。
階段脇にある部屋を俺が使用しており、廊下を挟んで向かいにある二部屋をジーンが、廊下の突き当り、角に面したバルコニー付きの部屋をキリクが使用している。残り一室はいちおうゲストルームとなっているが、半ば物置きと化しつつある。
庭は大人二人が向かい合って、存分に槍を振り回しても問題ない程度の広さ。
普通ならば花木を植えたり、野菜でも育てたりするのだろうが、俺は芝を敷くだけに留めて、主に修練の場として利用している。
庭にて、早朝の爽やかな空気の中、俺は日課に勤しむ。
筋力を鍛えるために、刃を潰し重量を増した無骨な大剣をブンと振る。
始めは動きを確かめるように、ゆっくりと。
ほどよく体が温まってきたら、次は筋肉をイジメめるために次第に激しく。
いい感じに体が悲鳴をあげてきたところで、実戦さながらに腰を入れて、気合もろとも目の前に想定した敵影を斬り、突き、叩き伏せる。
余裕のないときこそ真価が問われる。危機的状況にて、いかにキチンと武器を扱えるのか。それが生死を分けることになるのだ。
吹き出した汗が滴り落ちては全身を濡らす。それでも構わず続けていると、やがて肩や背中あたりから湯気が立ち昇り始める。
「九百九十八、九百九十九……、千っ!」
ここで剣を置いた俺は、横に顔を向ける。
視線の先ではジーンが砂袋を背負い、しゃがんだり立ち上がったりをひたすら繰り返しては、下半身をイジメ抜いていた。
細身に見えたその肉体は、けっして痩せているのではなくて、よく引き締められ鍛えられたモノ。弓を愛用していることといい、およそ魔導士らしくない肉体は、狩人と言われた方がしっくりくる。
俺の知る魔導士とはあまりにもかけ離れた姿と在り方。
だがジーンいわく「いかに高火力とて、ロクすっぽ動けない魔導士なんぞ、実戦では役に立たん。強靭な精神力はたゆまぬ努力で育んだ筋肉にこそ宿る。そして筋肉はけっして己を裏切らない」「夜更かし? ずっと部屋に閉じこもっている? そんな不摂生なマネをしていたら、かえって非効率になるだけだ。夜はきちんと寝てしっかり体と脳を休ませる。そしてもっとも頭が働く午前中に集中するのが最適だ」とのこと。
言ってることには、いちいち納得させられる。
だから俺も同意なのだが、やはり魔導士らしくはないと思う。
汗を流す俺とジーンから少し離れたところでは、キリクが腕立てや腹筋など、自重を用いた基礎鍛錬を黙々とこなしている。
こちらもまた無駄を削ぎ落したかのような肉体。だがそれよりも驚かされたのは、その身に秘められた柔軟性。運動前にほぐしていたのだが、各部位の可動域が、俺の優に倍はある。だからこそあのような身軽な動きが実現できるのだろう。
一つ一つの動作を静かにゆっくり、じっくりと行うキリクの鍛錬。
傍目には止まっているかのようなソレが、いかに難しく、過酷であるかは、自身で試してみて痛感した。
キリクは「自分の場合は、筋肉がつき過ぎるとかえって動きが阻害されるから、下手に重たい物を使った鍛錬が出来ないものでね」と笑っていたが、なかなかどうして。
はっ! もしや世の年寄り連中の動きが妙にのんびりとしているのは、キリクと似た鍛錬を己に課しているからなのか?
しばし二人の様子を見学してから俺は気合を入れ直す。
今度は鍛錬用に重さを増した盾を手に取ると、再び体を動かしはじめた。
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