狐侍こんこんちき

月芝

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其の四百七十九 おみつ無双

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 銅鑼が天魔王を抑えているうちに、おみつが動く。
 おみつは臆することなく常世仙桃・意富加牟豆美を手にしていっきに駆け寄り、しゃにむに飛びかかった。
 天魔王が暴れて逃れようとするも、腰から腹へとかけて爪が貫いており、左肩には牙を突き立てられいるせいで、ままならず。
 ならばと羽根を変じた六本の蛸足にて、おみつをどうにかしようとするも、肝心の蛸足らが動かない。

「がぁっ?」

 黒銀虎の身に突き入れた穂先が抜けないせいであった。
 銅鑼がぎゅっと全身の筋肉に力を入れたことにより、がっちり掴まれておりびくともしない。
 そうしている間にも眼前へと仙桃が迫ってくる。
 これを嫌がった天魔王は、右手でおみつごと仙桃を遠ざけようとした。

 斬っ!

 あぁ、無惨……。
 ぶぅんと振るわれた右の凶爪が、小娘の身を容赦なく引き裂く。
 ひょうしに娘の手から離れて彼方へと飛んだ仙桃が、地面に転がり邪気に触れてはみるみる腐っていった。
 ついに忌々しい存在を退けたと、天魔王がにやりと笑う。
 でも次の瞬間、その目が大きく見開かれた。

 真っ二つになったおみつの身が、たちまち紙切れに変わったからだ。
 人形(ひとがた)の式神による空蝉の術! 堂傑からの餞別にもらったもの。
 だが、はじいた仙桃の方はたしかに本物であったはず。
 わけがわからない。いったい何がしたいのか?
 黒ずんでぐずぐずになった仙桃をおもわず二度見をしては、天魔王はたいそう困惑する。

 その動揺こそがおみつの真の狙いであった。
 いまならば確実に詰め寄れる。
 けれども肝心の仙桃は失われてしまった。これで取りついたところで、おみつはいったいどうしようというのか?

 天魔王の首に抱きついたおみつは、やにわに口づけをする。
 口移しにて、相手の口の中へと舌で押し込んだのは仙桃の欠片であった。
 おみつがこの策をおもいついたのは、戦いへとおもむく直前に銅鑼からかけられた言葉だ。

『もしもの時には、おまえが仙桃を喰え』

 だからおみつはこっそり仙桃をかじった。ただし、呑み込むことはなく、頬の裏にて大事にとっておいた。もちろん藤士郎に食べさせるためだ。

 流れ込んでくる異物を天魔王は吐き出そうとするも、そうはさせじと出口をおみつが通せんぼ。だから首を振って顔をそむけようとするが、おみつも必死だ。しっかり首に両腕をかけており、ひっついては離れない。
 だから天魔王は動かせる右手にて小娘の身を引き剥そうとしたのだけれども――

「っ!」

 右腕が途中で持ち上がらなくなった。
 見ればいつの間にやら手首と足が帯で繋がれているではないか。おみつの帯であった。一部が千切れてもなお健気に、主(あるじ)を助けようとする。
 これにより天魔王は両腕を封じられた格好となる。
 それでもなお抵抗を示す天魔王であったが、不意におみつの顔が離れた。
 とおもったら、おみつは天魔王の両頬をぱしんと両手で挟んで包み込んでは、正面から相手の目を見据えて言った。

「藤士郎さま、好き嫌いなんてしたら罰が当たりますよ」

 やわらかな声音であった。
 なんとしても助けたいという必死な形相が一転して、まるでぐずる我が子をやんわり嗜める母親のよう。
 優しい……けど、それでいて有無を言わさぬ迫力がある。
 これにどきりとしたのか、天魔王の動きが止まった。ごくりと唾を呑み込んだひょうしに、喉の奥へと口の中の仙桃の欠片が落ちていく。

 とたんに天魔王の全身が小刻みに震えて苦しみだした。
 あんまりにも激しいもので、身の危険を感じたおみつと銅鑼は、いったん離れて様子を見守ることにした。


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