479 / 483
其の四百七十九 おみつ無双
しおりを挟む銅鑼が天魔王を抑えているうちに、おみつが動く。
おみつは臆することなく常世仙桃・意富加牟豆美を手にしていっきに駆け寄り、しゃにむに飛びかかった。
天魔王が暴れて逃れようとするも、腰から腹へとかけて爪が貫いており、左肩には牙を突き立てられいるせいで、ままならず。
ならばと羽根を変じた六本の蛸足にて、おみつをどうにかしようとするも、肝心の蛸足らが動かない。
「がぁっ?」
黒銀虎の身に突き入れた穂先が抜けないせいであった。
銅鑼がぎゅっと全身の筋肉に力を入れたことにより、がっちり掴まれておりびくともしない。
そうしている間にも眼前へと仙桃が迫ってくる。
これを嫌がった天魔王は、右手でおみつごと仙桃を遠ざけようとした。
斬っ!
あぁ、無惨……。
ぶぅんと振るわれた右の凶爪が、小娘の身を容赦なく引き裂く。
ひょうしに娘の手から離れて彼方へと飛んだ仙桃が、地面に転がり邪気に触れてはみるみる腐っていった。
ついに忌々しい存在を退けたと、天魔王がにやりと笑う。
でも次の瞬間、その目が大きく見開かれた。
真っ二つになったおみつの身が、たちまち紙切れに変わったからだ。
人形(ひとがた)の式神による空蝉の術! 堂傑からの餞別にもらったもの。
だが、はじいた仙桃の方はたしかに本物であったはず。
わけがわからない。いったい何がしたいのか?
黒ずんでぐずぐずになった仙桃をおもわず二度見をしては、天魔王はたいそう困惑する。
その動揺こそがおみつの真の狙いであった。
いまならば確実に詰め寄れる。
けれども肝心の仙桃は失われてしまった。これで取りついたところで、おみつはいったいどうしようというのか?
天魔王の首に抱きついたおみつは、やにわに口づけをする。
口移しにて、相手の口の中へと舌で押し込んだのは仙桃の欠片であった。
おみつがこの策をおもいついたのは、戦いへとおもむく直前に銅鑼からかけられた言葉だ。
『もしもの時には、おまえが仙桃を喰え』
だからおみつはこっそり仙桃をかじった。ただし、呑み込むことはなく、頬の裏にて大事にとっておいた。もちろん藤士郎に食べさせるためだ。
流れ込んでくる異物を天魔王は吐き出そうとするも、そうはさせじと出口をおみつが通せんぼ。だから首を振って顔をそむけようとするが、おみつも必死だ。しっかり首に両腕をかけており、ひっついては離れない。
だから天魔王は動かせる右手にて小娘の身を引き剥そうとしたのだけれども――
「っ!」
右腕が途中で持ち上がらなくなった。
見ればいつの間にやら手首と足が帯で繋がれているではないか。おみつの帯であった。一部が千切れてもなお健気に、主(あるじ)を助けようとする。
これにより天魔王は両腕を封じられた格好となる。
それでもなお抵抗を示す天魔王であったが、不意におみつの顔が離れた。
とおもったら、おみつは天魔王の両頬をぱしんと両手で挟んで包み込んでは、正面から相手の目を見据えて言った。
「藤士郎さま、好き嫌いなんてしたら罰が当たりますよ」
やわらかな声音であった。
なんとしても助けたいという必死な形相が一転して、まるでぐずる我が子をやんわり嗜める母親のよう。
優しい……けど、それでいて有無を言わさぬ迫力がある。
これにどきりとしたのか、天魔王の動きが止まった。ごくりと唾を呑み込んだひょうしに、喉の奥へと口の中の仙桃の欠片が落ちていく。
とたんに天魔王の全身が小刻みに震えて苦しみだした。
あんまりにも激しいもので、身の危険を感じたおみつと銅鑼は、いったん離れて様子を見守ることにした。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
白薔薇黒薔薇
平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる